小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載11

『血と薔薇』1969.No4:エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

『血と薔薇』1969.No4 エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

――火星の女の黒焼――

なんと珍しいお薬では御座いませんか。もしかすると埃及《エジプト》の木乃伊《ミイラ》の一片よりも高価なものでは御座いますまいか。

召上ったお心持は如何で御座いますか。

定めし清々なすって、お心の隅から隅までスウッとなすった事で御座いましせう。

ホホホホホホホホホホホホ・・・・・・。

その私・・・・・・黒焦になった火星の女の復讐を、かうして手伝って下さる私の親友が、どなたかと云ふような事は、お考えにならない方がいいでせう。万一それが御判明《おわかり》になっても、ただビックリなさるばかりで、手の出しやうが無いので、お困りになるだけの事でせう。

その方は、私のやうな通りがかりの出来事で先生を恨んでお出でになるのでは御座いませぬ。その方は、肺病でお寝みになって居られる実のお母様と、校長先生に誘惑されて無情な放蕩ばかりしてお出でになる義理のお父様に仕えながら、そんな事情を世間へ洩らさない為に、女中も置かないで、黙って、楽しさうに立ち働いてお出でになる、世にも珍しい親孝行なお方です。さうして、その方のお母様をソンナ運命に陥れた悪魔を、いつも心探しに探して居られた方です。ですから其方は、私から其の悪魔の名前をお聞きになると直ぐに、お母様の讐敵《かたき》を取りたい・・・・・・義理のお父様の隠れ遊びをお諌めになり度いばっかりに、私の頼みを無条件で引受けて下すったのです。

言葉を換えて申しますと、そのお母様のお心がお優しい為に、その方は校長先生に対して、思い切った手段を執る事がお出来にならないのです。ですから私が其方の代りに黒焦になって上げた・・・・・・みたいな事情《わけ》なのです。おわかりになりまして・・・・・・私の黒焦の意味が・・・・・・。

・・・・・・いいえ。校長先生に対する私たちの怨恨《うらみ》は、私たち二人が二人とも黒焦になってしまっても、まだまだ飽き足りないでせう。

おわかりになりまして・・・・・・かうして私の復讐を手伝って下さる方が、どんな方だか・・・・・・。

自惚れの強い校長先生は、まだ御自分の知恵を固く信じてお出でになるかも知れません。その方が、そんなにまで深く先生を恨んでお出でになる事なぞ、まだお気付にならないかも知れませんが、それでも此の手紙を御覧になってお出でになるうちには、だんだんとおわかりになるでせう。

くり返して申します。校長先生は、ただ黙って黒焦少女の復讐をお受けになるほかはないのです。それが眼に見えぬ正義の制裁と思し召して、黒焦少女の要求通りに、御自分の罪を正直に発表して、社会からコッソリ姿をお消しになるよりほかに方法はありませぬ事を覚悟して頂きます。

ですけども此の手紙を書いて居ります私・・・・・・黒焦少女の正体が何者かと云う事は、もはやお察しになっておりませう。さうして彼の気の弱い、涙もろい火星の女が、どうしてコンナ恐ろしい無茶な事をするのだらうと思って、慄え上ってお出でになるでせう。

・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載12】に続く