「家畜人ヤプー」事件 第三弾!沼正三からの手紙(2)

『諸君!』昭和58年(1983年)2月号より

繰り返すことになるが、SM雑誌『奇譚クラブ』のともに常連寄稿家である私と沼の間に文通が始まったのは、昭和三十一年初めのことだったと思う。以来、約十年間、彼から葉書、手紙が寄せられた。ときには「留学」先の西ドイツから、絵葉書が二十通ばかり舞い込むこともあった。

しかし、その間ずっと、私には彼の本名も生業も知らされなかった。『家畜人ヤプー』の作者と文通を読けながらも、その正体については皆目わかっていなかったのである。

ただ私には、手紙を往復させているあいだにいつのまにか、「沼正三」の人となりについて確固としたイメージが出来上がってた。だからこそ、あの戦後の一大奇書『家畜人ヤプー』の作者が現職のエリート裁判官だとわかったとき(私が彼の正体に気づいた五十三年当時、彼は佐賀地・家裁所長であった)非常な衝撃を受けるとともに、おおいに納得もしたのである。

私が彼との文通から、いかなる「沼正三像」を形づくったか---それをくだくだしく記すよりも、彼から来た手紙の現物をお目にかけるのが何よりであろう。そして「沼正三からの手紙」をここに公開することは、とりもなおさず、沼文学研究家にとり大いに参考にもなろうかと考える。

・・・次号更新【『諸君!』昭和58年(1983年)2月号:「家畜人ヤプー」事件 第三弾!沼正三からの手紙:森下小太郎・・・連載33】に続く