伝説の雑誌『血と薔薇』:小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)

『血と薔薇』1969.No4
エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載4

焼失した物置は

以前の作法教室 校長は引責謹慎中

因に焼失したる県立高女の廃屋は純日本建、二階造の四室で、市内唯一の藁葺屋根として同校の運動場、弓術道場の背後、高き防火壁を繞らしたる一隅に在り。嘗て同校設置の際、取毀されたる民家の中、校長森栖氏の意見により、同校生徒の作法稽古場として取残されたものであるが、其後、同校の正門内に卒業生の寄付に係る作法実習用の茶室が竣工したため、自然不要に帰し、火災直前までは物置として保存され居り、階上階下には運動会用具其他、古黒板、古洋燈、空瓶、古バケツ、古籐椅子等が雑然として山積されて居た。その階下に屍体を横たえて放火したものらしく、しかも火勢が非常に猛烈であった為、腹部以下の筋肉繊維は全然、黒き毛糸状に炭化して骨格に絡み付き、凄惨なる状況を呈していたと云う。尚同校長森栖礼造氏は熱心なる基督教信者で、教育事業に生涯を捧ぐる為、独身生活を続け、同校創立以来、三十年の間校長の重責に任じて一度の失態もなく、表彰状、位記、勲章等を受領する事枚挙に遑あらず、全県下に於ける模範的の名校長として令名ある人物にして、事件当日は市内三番町の下宿に在ったが、急を聞いて逸早く現場に馳付け、御聖影を取出し、教職員を指揮して重要書類を保護させ、防火に尽力せしめた沈着勇敢な態度は人々の賞讃する処となったが、事後、三番町の下宿に謹慎して何人にも面会せず、怏々として窶れ果てて居るので、謹厳小心な同校長の平生を知って居る人々は皆、その態度に同情して居る。右につき去る三月二十八日、教務打合せの為、同校長を訪問した同校古参女教員、虎間トラ子女史は同校長の言として左の如き消息を洩らしたと云う。

目下其筋で取調中の事ゆえ、差出た事は云われぬが、自分としてはコンナ不思議な事は無いと思う。同廃屋は校内に在るが、午後六時以後は宿直の職員と小使の老夫婦以外には校門の出入を厳重に禁止して居る。是は自分が特に注意している処であるが、何者が侵入して来て彼の様な事を仕出かしたものであらう。自分や学校に怨みを抱くような者の心当りも無い。むろん学校関係の者とも思われぬので実に心外千万な奇怪事と云うよりほかは無い。万事は当局の調査によって判明する事と思ふが、とにもかくにも斯様な怪事件が校内に於て発生した以上、校内の取締に就いて何処かに遺漏が在ったものと考えなければならぬ。その責任は当然自分に在るのだから斯様に謹慎して居るのだ。云々。

・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載5】に続く