伝説の雑誌『血と薔薇』アーカイブス:小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)

『血と薔薇』1969.No4
エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載6

県立高女メチャメチャ

森栖校長発狂!虎間女教諭縊死!川村書記大金拐帯!黒焦事件の余波か?

【大阪電話】 昨報失踪したる県立高等女学校長森栖礼造氏は失踪後、大阪に向いたる形跡ある旨、本紙の逸早く報道したる処なるが果然、同校長は昨三日早朝、大阪市北区中之島付近の往来に泥塗れの乱れたるフロック姿を現わし、出会う人毎に『火星の女は知りませんか』『ミス黒焦が来てはおりませんか』『甘川歌枝は何処におりますか』『何もかも皆嘘です』『事実無根の中傷です中傷です』なぞと、あらぬ事のみ口走り居りたるを一先づ中之島署に保護し、当市警察に照会し来たるを以て、開校間際の多忙を極め居りし教頭、小早川教諭は、十一時の列車にて取りあへず大阪に急行した。然るに同教諭出発後、教頭次席、山口教諭指揮の下に引続き開校準備に忙殺され居る中、同校職員便所に於て、同校古参女教諭、虎間トラ子(四十二)が縊死し居る事が、掃除に行きし小使に発見されて、一同を狼狽させ居るうち、同じく開校準備の為、出勤し居りし同校書記にして、森栖校長と共に三十年来、同校の名物となり居りし傴僂男、川村英明(五十一)が同様に、何時の間にか姿を消して居る事が、出張の警官により気付かれたので、念の為取調べてみると、意外にも同校の金庫中に保管して在った森栖校長の銅像建設費五千余円、及、校友会費八百二十円の通帳が紛失し居り、預金先、勧業銀行に問合わせたる処、正午近き頃、川村書記が同銀行に来り、右預金の殆んど全額を引出し、愴惶たる態度で立去りたる旨判明、なほ市外十軒屋に居住し居りし同人妻ハル(四十七)も家財を遺棄し、旅装を整へ、相携へて行方を晦ましたる形跡ある旨、次から次に判明したるより、騒ぎは一層輪に輪をかけて大きくなり、同校全職員の訊問、取調が開始され、同校の授業開始は当分困難と認めらるる状態に立到った。因に縊死した虎間女教諭と、逃亡した川村書記とは平生より、森栖校長を神の如く崇拝し居り、二人とも同校長の行方を最、真剣に気にかけて居た由であるから此際、最、喜んで安心すべきであるのに、同校長の行方判明と聞くや否や、互いにかかる矛盾したる行動に出でたことは、重ね重ねの奇怪事と云う可く、何等か裏面に重大なる秘密の伏在せるを想像し得べき理由がある。なお発狂せる森栖校長が、大阪にて口走りたる甘川歌枝といふ女性は、同校の今年度卒業生にして、運動競技の名手であったが、かねてより「火星さん」という綽名あり。卒業後間もなく大阪の某新聞社に就職し居りたるものにて、森栖校長は発狂後、同女の行方を尋ねつつ同地方に行きたるものらしく、従ってミス黒焦事件と、甘川歌枝とは、何等か密接の関係あるやも計り難く、目下当局に於ても慎重に調査中である。

・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載7】に続く