番長だった頃に「王子さま」が・・・

週刊朝日(2007・7・27 収録)より

週刊朝日(2007・7・27 収録)より

この頃、いろんな種類の翻訳本が出て、ちょっとした『星の王子さま』ブームのようだけど、あれは実は、僕の思い出の本なんだ。意外かな。あの本が初めて日本で出たのは一九五三年の岩波少年文庫だったんだが、当時は僕も少年だった。

新宿区の海城高校の一年生で、進学校だったんだけど、その頃の僕はかなりワルで、まあ、子分を引き連れた番長だった。昼間から新宿御苑に出かけていって、子分たちがカツアゲをして戻ってくるまで、木陰で昼寝したりしていた。

その時の枕代わりにというか、高校の同級生の、隣の席の子が読んでいた本を横取りして持っていたのが『星の王子さま』だったんだ。もちろん、日本ではほとんど誰も知らない頃で、何の先入観もなしに読んだんだけど、これが、実に面白くてね。ずっと読み継がれていく本だと感じたな。

翻訳の権利を先に取っておければ一生食えるのにとか、そこまでは考えなかった。少年だったから。

「酔っぱらいの男」が出てきて、王子さまと「なんで飲んでいるの」「忘れるため」「なにを」「恥ずかしいことを」「なにが恥ずかしいの」「飲んでいることが」なんてやりとりには笑ったなあ。「大物気どりの男」なんてのは、番長の自分のことかとドキッとしたりね。「地理学者」みたいな浮世離れしたインテリは、その後東大に入ってから今に至るまで、よく見ているし。

「ものごとは、心で見なくてはよく見えない。たいせつなものは、目には見えない」なんてセリフはよく覚えている。僕はずっと、見えないものを追いかけて来たのかもしれないな。

ガラにもなく泣きそうになったのは、バラとの別れのシーンだったね。「バラをたいせつなものにしたのは、バラのために費やした時間だ」なんて、カッコよすぎるセリフだけど、この歳になっても真実だと思うなあ。長く付き合った女ほど、別れにくいものなんだ。もちろん、例外もあるけど。

ともかく新宿御苑の木陰で夢中で読んだのをいまでもはっきりと覚えている。

その後すぐに、子分たちが持って来たお金で、今の新宿二丁目にあった遊郭に出かけたんだけどね。