罰あたりパラダイス:福田和也(文)・・・2

SPA!1998年2月18日号より

SPA!1998年2月18日号より

康芳夫さんは、常々「あの」という接頭辞をつけて呼ばれる大人物である。60年代に、セロ二アス・モンク、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンを招聘し、さらにはネッシーの探索、オリバー君やエリマキ・トカゲの来日、そして猪木対アリ戦を実現させた恐怖の仕掛け人だ。オレの文壇デビューも、実は康さんの仕掛けに負う所がある、ってことはオレはオリバー君の後釜なのか、今はじ
めて気づいた。

町田康さんは、ついこの間二冊目の小説集『夫婦茶碗』を発表した。そこに収録されている「人間の屑」に、オレは完全に圧倒されてしまい、いきなり3回読んでしまった。おそらく、これまで日本語で書かれたもののなかで、もっともクダラナイという、端倪すべからざる傑作である。こんなものは、よっぽど深い「志」がないと書けないものだ。

文芸にも造詣の深い康さんが、お約束のシャンパンをすすりながら「いやあ、本当に、町田クンの出現は画期的だったな」と言う。

「僕はね、ビートクンがね、君の小説を映画化するべきだと思う」

「ビートクン」とは、ビートたけしさんの事である。

「ビートクンがね、今の閉塞から抜け出すにはね、町田クンの小説のパワーを借りてだな、ドワッといくしかない。それでな、町田クンがな、主演をすればいい」

「それは、ちょっとマズイんじゃないですか、自分で主演しちゃうとシャレになりませんよ」

「そうか、じゃあ、君は脚本を書きなさい、それで主演は誰かな、ビートクンじゃちょっと合わないかな」

町田さんが康さんを、物凄く嬉しそうな眼で見ている。映画化云々が嬉しいのではない。こういうトンデモナイ人を観察するのが、町田さんは大好きなのだ。しか康さんに油断していると、本当に「ビートクン」に電話をして映画化しかねないのである。何しろこの人は、デビット・リンチに、『家畜人ヤプー』を映画化させようとした前歴があるし、ネッシーの骨さえ、ネス湖の底から発見してしまったのだ。人食いアミン大統領と、アントニオ猪木の試合契約書も、まだお持ちだという。

・・・次号更新に続く