正業崩壊・・・「生きててよかった」:東京新聞(2002年年5月2日)より抜粋

謎の類人猿として衝撃来日を果たしたオリバー君。右端が康さん=1976年7月、都内ホテルで

正業崩壊・・・「生きててよかった」:東京新聞(2002年年5月2日)より抜粋

「社会の決められた枠で生きていくことなんて、退屈極まると皆分かっているわけですよ。でもそれを外して生きるのは何かと難しい。パーセンテージにすればごくわずかな人がペテン師、興行師、芸術家としてそこから外れたところで生きている。人工的に暇つぶしができるものをつくり上げて、自分も楽しみ、人も楽しませてあげる。こちらの方が正業かもしれない」

『国籍じゃなく血の問題かな』

元祖虚業家の存在そのものが、ネッシー以上に謎だ。騒動の数々を、中国籍の康さんによる「日本人への復讐」と読み解く人もいた。「父親が中国人ということで、まあ戦争中だったからやな思いはしたけど、そのトラウマからってことはないね。あえて言うなら国籍の問題じゃなくて、血の問題かな。おじいさんが孫文のスポンサーだったから。戦争で新宿駅のビルががれきの山になっちゃって、社会的現実って何なんだって思ったってことも確かにありますが。でも周りで何か起こっていなきゃ嫌だという体質的にDNAというか、ψそういうことじゃないですかね」

ふとあか:『虚業と正業の、線引きできぬ』

いまひとつすっきりしないため、もう一度「虚業家宣言」をひもとく。虚業商法十力条なるものの第六条に「自分をさらけ出すな」とある。「トリックを見破られないためには、よく分からない面を残しておいた方が有利だ」という理由からだ。ここからさらに歴史を積み重ねた煙幕は相当、分厚い。しかも、それはこちらの足元まで忍び寄り、立っている場所まで揺らいでくるから、たちが悪い。

「虚業と正業の線引きなんて単なる定義でしかない。今の状況で線を引ける人なんて、ますますいなくなっている。正気と狂気の境目だってそう」

何はともあれ、二〇〇二年春、康さんは機嫌がいい。「ぼくが五十歳のころですかね、バブルのころには、豊穣だけれどフラットな時代が続くのかとやな予感がしてたんですけどね。革命も起きず、どうしようもない時代がずっと続くのかと。そうじゃない時代が来てるから面白くなってきた。宗男疑惑や辻元疑惑なんていうのは、社会の上部構造のひずみの中でできた膿の中から出てきた毒虫みたいな話でどってことない。そんなことより、銀行の化けの皮がはがれたことの方がずっと大きい。資本主義がフィクションであることを客観的に証明しちゃったんですから。今まで生きててよかった」

しかし、この世の「実」が崩れ去ってしまうと、「虚」の存在もまた揺らぐのでは。そのことを尋ねると「虚業家の居場所がなくなるなんてことも大いにあり得るね。それはそれで構わない。いいと思う。それに即応して、新しい虚業をやっていくつもりでいますから」と気にする様子もない。

ちなみに今、手掛けている話は「十一月ごろの外電で入ってくると思う。発表すれば、神も震えがくるようなものです」とか。筋金入りの「虚」はそうそう簡単に崩れないのだった。