上手の手から水が漏れた(3)
天野哲夫氏が『ヤプー』の作者でないことを論証するうちに、いつの間にか、作者は倉田氏でしかあり得ないことになった。真実は一つなのだから、これも論理的必然であろう。
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倉田氏よ、なぜそれほどまでして、あ畢生の大作『家畜人ヤプー』の作者であることを恥じるのか。
万巻の書物に通じた貴兄なら、E・T・A・ホフマンの『ホフマンの物語』をご存じであろう。主人公ホフマンが機械人形オランピアに恋するというこの作品は、十九世紀という時代背景の下では、貴兄が二十世紀の中葉に書いた『ヤプー』よりもさらに異端の文学であったはずである。
しかしその後、オッフェンバックの流麗な音楽に彩られて『歌劇ホフマン物語』となり、天下に名声を馳せたわけであるが、そのホフマンが、あなたと同じ裁判官であったことを、よもや知らないとはおっしゃりますまい。そして、姦通物語『みずうみ』を世に問うたシュトルムもまた、裁判官であったことをご存じないわけもありますまい。
・・・次号更新【『諸君!』昭和57年(1982年)12月号:「家畜人ヤプー」事件 第二弾!倉田卓次判事への公開質問状:森下小太郎・・・連載27】に続く