康芳夫:週刊ポスト(1995年3月3日)より

週刊ポスト(1995年3月3日)より

銀座をイノシシと闊歩する「謎の怪人」

康さんの一面
唐十郎

或る会社のパーティで康さんを見た。

80周年の創立を祝う会社のパーティの、華やかな会場には、千人を超す客が詰めかけ、その宴の祝いを述べるために、社長の前に二百人程の取り引き先が、一列に並んでいた。

社長が一人一人と握手する様は、ヴィデオカメラに撮られ、それは、会場の正面壁に、現場中継の如く、大きく映しだされた。二百人の列は会場を遮断した形で、遠目から見ても、お、あいつも並んでいると見てとれる。その列は社長の自己顕示欲の犠牲者だった。

が、である。その列が突然、二股に別れた。

二百人の並んだ人の真ん中に、緑のモンゴル服を着た康さんが立っている。足元まである緑の服には、黄色い菊の花も散りばめられ、黒や紺の祝いの服の群れの中では、突拍子もなく輝いていた。

康さんは、社長に挨拶するために並んだのではなく、たまたま、その列に近いテーブルのサーモンを摘んだだけだった。が、その派手な装いに、社長は会場で誰よりも、ピカピカになって現れると聞いた、遠い地方の取り引き先が、康さんを社長と間違えて並んでしまった。社長の顔を知らない取り引き先というのもいるのである。「社長、おめでとうございます」と手を出してくるのを、康さんも、人違いと言わずに、握手し返し、肩を叩いていた。その顔は初め冗談に見えたが、次第にメタフィジックになってきた。誤解とともに哲学に目覚めるのが、康さんの真骨頂であるのだ。彼は列を替える自らを自覚した。

とたんに、労働と商品というものが、悪意を以て分からなくなってきた。高速消費社会に於て列を替えるとは何なのか。ジンギスカンが着るような緑の服で、そこに立っただけで、列は脱臼した。高度資本主義社会に於ける列の問題に悩みながら、康さんが、会場から銀座のクラブに向かうと、取り引き先も従いてきた。

今回企てているノアの箱舟調査も、列の問題である。他の人間と動物たちは、なぜ、箱舟の列に続かなかったのか。それは、漂流した箱舟よりも、さらに<良い>ものへ列をつくっていたからである。

康さんの説によると、箱舟には、恐竜も乗っていたと言う。