私は、大変な作品にめぐり会うことになったのである。『家畜人ヤプー』がそれだった
『虚業家宣言』より抜粋
◆『家畜人ヤプー』の発見
地球紀元三九七〇年の地球、そこは白人貴族を頂点にいただく白人帝国だった。黒人は奴隷、そして黄色人種である日本人は、知性の高いことを認められながら『ヤプー』の名で呼ばれる”知性猿猴(シミアス・サピエンス)”、つまり猿の一種と考えられていた。ヤプーは常に裸で、その皮膚はどんな寒さにも耐えられるよう熱処理がほどこされている。そしてヤプーは奴隷以下の”生きた道具”としてしか扱われない。
たとえば、<肉足台兼用の舌人形(クニリンガ)>、これは女性用の生きた自慰器具である。その用に立てるとき以外は足を乗せる台としても使われている。
ヤプーを舌人形にするためには、その体に種々の加工が加えられる。背が高いと具合が悪いので生体縮小機で身長を二分の一にし、全身の毛を薬液で除去、歯は抜き、アゴの骨も削ってしまう。舌だけは造肉刺激剤によって異常発達させ、女性がその部分をナメられたときに感触の良いよう、海綿体を移植、さらに、そのときに与えられる愛液を口からこぼさないために、唇の外側には吸盤質が、内側にはスポンジ質が付加される。
「旅行用だから小型にして、でも、性能は並以上に。できる?」
「畏まりました。舌長を前のと同じにしておきます。確か若奥様のは・・・・・・全長二十五センチ、唇外長十九センチにすればよろしいので」
「今使ってるのはアゴが張り過ぎてるから、今度のはもう少し削って。腰かけて使うことが多いから、あまり開股角度の大きいのは困るわ。それと、わたしはおつゆが多い方だから・・・・・・」
白人の便所の代わりをする、つまり尻の穴や尿道口に直接口をつけて、尿や便を食べる”器具”が<肉便器(セツチン)>。彼は生まれるとすぐ、大飼育所(ヤプーナリー)で肉体改造の手術を受ける。将来、大量の排泄物を食ぺられるように右肺が摘出され、胃が拡大される。そして三歳になると、黒人の調教師のもとで白神像の礼拝を習慣づけられる。といっても、礼拝の対象は白神像全体ではなく全裸の下半身の一部、尻の穴と尿道口だけ。彼らは礼拝のたびに漂ってくる独特の臭気をしだいに芳香と感ずるようになる。
そして六歳になると、いよいよ普通教育が始まるのである。黒人の教師は、おごそかにこう言う。
「アシッコ(ASHICKO)とおっしゃたら、これは賜飲号令(ドリンク・ビディング)。飲物(ドリンク)をお恵み下さるから、立位で神様の股の飲物孔の方へ首を伸ばすのだ。女神様によっていろんな癖があるぞ。こっちの顔が入ったとたん、すぐご下賜なさる方、いったんこっちの顔を絞めつけてからなさる方、お年を召した方のときは、まずこちらの舌で刺激を加えてさしあげることもあるから注意せいよ。
賜食号令(イート・ビディング)はアンコ(UNGK)だ。このときは食物(フード)を下さる。座位で仰向いて、お尻の食物孔(フード・ホール)が開けた口の真上に来るようにする。いいな、尻に顔を合わせるのであって、神様のほうで顔に尻を合わせて下さると思ったら大間違いだぞ」
他にも、ヘドを受けとめる<肉吐盆(ボオミトラー)>、クツを磨く<磨靴奴(ブラッシ)>、男性用の<唇人形(ペニリンガ)>、生理用パットになる<生理極小畜(メンス・ミユゼツト>・・・・・・。
◆三島由紀夫が発見した『ヤプー』
西独、ヴィスバーデンに近いタウス山に馬で登っていた、二十三歳の日本人留学生・瀬部麟一郎と、その恋人、東独の名門の出で天性の美貌と才気により”大学の女王”と呼ばれていたクララ・フォン・コトヴィッツ。彼らが、たまたま、事故で不時着した宇宙帝国『EHS(イース)』の航時遊歩艇(タイム・ヨット)に出会ったことで、この物語、三島由紀夫や埴谷雄高が”天下の奇書”と折紙をつけた『家畜人ヤプー』は始まるのである。
航時遊歩艇にはイース帝国女性貴族のひとり、ポーリンが乗っていた。彼女は飛行中、舌人形を使っていて、思わずエクスタシーに達して墜落したのである。
麟一郎とクララに助けられて意識をとり戻したポーリンは、裸の麟一郎と乗馬服姿のクララを見て、そこをイース帝国の星の一つだと誤解してしまう。イース国ではヤプーは裸で、貴族の女は馬に乗るとき、乗馬服を着る習慣だからである。
ポーリンの連れていた畜人犬(ヤップ・ドッグ)に攻撃され麟一郎は負傷する。そして二人はタイム・ヨットに乗せられ、本国星カールに向かう。途中、麟一郎は皮膚窯の中に入れられ、ヤプーにされてしまう。一方、クララは肉便器の使用などによって徐々にイース帝国の風習に慣れていく。
カールに着くと、麟一郎は本格的なヤプーに仕立てられる。去勢され、かつ”赤クリーム馴致(レッド・クリーム・コンバーション)(イース国の貴族女性の生理時の血で作ったクリームであり、これらを与えることによって、他のヤプー同様、白人の排泄物を喜んで食べるようになる)”をされたのである。そして麟一郎はクララの家畜として生きることになる。
やがてクララはポーリンたちと共にタイム・ヨットに乗ってまた地球へ遊びに行く。途中タイム・ヨットは何世紀か前の地球面の日本へ降りる。そこではポーリンたちの貴族仲間であるアンナ・テラスやスーザン・レイノオが古代の神々と同じょうな服装をして遊んでいた。麟一郎はアンナ・テラスが、日本人が神としてあがめている天照大神であり、スーザン・レイノオがスサノオの命であって、彼らがタイム・ヨットで日本へ遊びに来たときのことが、日本の神話になったということを知る−−−。
これが『家畜人ヤプー』の、ごく大ざっぱなストーリーである。徹底したマゾヒズム小説、黄色人蔑視思想に貫かれた小説であり、全ページにわたって作者のペダントリィがちりばめられている。
もともとこの『家畜人ヤプー』は、今から十数年前の昭和三十二年十二月号から、翌々年の六月号まで二十回にわたって、SM雑誌『奇譚クラブ』に連載され、未完のままに終わったものだが、発表当時から文壇の一部に異常な反響をひき起こし、なかでも三島由紀夫、渋沢竜彦、奥野健男氏らが絶賛したといわれる。
なかでも三島さんはこの作品にほれ込み、みずからかって出て、あちこちの出版社に持ち込んだほどで、一度は中央公論社から出版することまで決まっていた。しかし、当時は六◯年安保で左右勢力の対立が激しく、ここまで徹底して日本人を卑下した小説を出せば、左右からの強い突き上げを食うのは目に見えていたから中央公論社もかなりおよび腰だった。
すると、ちょうど折り悪しく嶋中事件(深沢七郎の『風流夢譚』掲載に怒った右翼少年が中央公論社々長・嶋中鵬二邸に殴り込み、お手伝いさんを刺殺、夫人に重傷を負わせた事件)が発生、結局、出版の話は中止になったというイワクつきの本である。
こういう”奇書”が存在することを、私は三島さんから初めて教えられた。四十四年のことである。
「ぜひ、あれを見つけ給え。あれこそは戦後最大の傑作だよ。マゾヒズムの極致を描いたまったく恐ろしい小説だ。出版する価値のある本だ」
そう三島さんは、熱を込めてヤプーの内容を語りつづけた。三島さんが、あれほど真剣に文学のことを語るのを聞いたのは、それが最後になってしまうのである。
後の話だが、『家畜人ヤプー』の作者・沼正三の代理人・天野哲夫氏は、あの十一月二十五日の朝、雪ケ谷の三島邸を訪問した。刷り上がったばかりの豪華限定版『家畜人ヤプー』を、恩人三島さんに献ずるために。
・・・・・・だが、そのとき、三島さんはすでに市ケ谷に向けて出発してしまっていた。天野氏は、ついに三島さんに会うことはできなかった。運命の皮肉を感じないわけにはいかない。
・・・以上『虚業家宣言』より抜粋
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