『江藤淳は甦える(平山 周吉(著)新潮社 )』は久しぶりの本格的江藤淳論!
平山氏は満身の力をこめて書き上げているが、それはそれとして小生、江藤淳に対し根本的不信感をいだき続けている。それはどうしてもぬぐいきれないものだ。
中野重治が昭和天皇即位にあたって彼の政治的文学的同志であった朝鮮人同志が、不穏分子として国外退去処分となり、彼と品川駅で強制的に離別させられその際に中野重治が詠んだ余りにも有名な訣別の歌を江藤も読んで感動のあまり膨大の涙を流す。
それはいわゆる彼が日頃説くソシュールのいわゆる魂の叫び声の発露そのものだ。ところがその後まったくいただけない。
江藤はそこでハタと気付く。待てよ、中野も朝鮮人同志も主義者で売国奴のたぐいだ。ここで膨大の涙が止まる。
小生からすれば、そこでなんで膨大の涙が止まるのかまったく理解できない。
人間を根底から感動させるものは政治的主義主張を超えているところにある。そこには右も左もくそもない。それをテメエの主義主張でねじまげてしまった江藤淳は文芸評論家としての根本的資質を欠いているのだ。
彼が生前強く非難した一連の学生運動を始めとする左翼政治運動いわゆる「左翼ゴッコ」をとして彼に一括されているのが「ゴッコ」をやっているのは正に彼本人ではないか。もっと己の魂の深底からあふれでる叫び声に卒直に従えなかったのか。
三島由紀夫とも三島の戦前に決別したが、彼はその後三島事件が起こりそれに対しピントの外れた所感を表明したが日本ローマン派のロの字もまったくわかっていないガキのたぐいの発信だった。
一番訳がわからないのはいわゆる「占領空間」問題で貴重な一年を「占領空間」解明の為と称してアメリカに留学したことだ。
その成果と称して発表した彼の見解が、ほとんど意味不明だったのだ。当時彼のサポーターの多くも首をかしげざるを得なっかた。
かくして小生は江藤淳に対しまったくの不信感のみを抱かざるを得ないのだ。