わが人生を振り返る(第八回一水会フォーラム 講演録)1:月刊レコンキスタ 平成13年3月1日より
康 僕は森田必勝君らとも縁があったけど、本業は興行師。ボリショイサーカス、オリバー君、石原慎太郎と行ったネッシー探検隊、モハメド・アリ、出版では『家畜人ヤプー』とかね。
木村 文壇バーなどでは「新宿の天皇」と呼ばれていますが、出版については。
康 天声出版というのをやってて『血と薔薇』という雑誌を出してね。澁澤龍彦が編集長で、例の『家畜人ヤプー』を載っけた。それから創魂出版というのをやって、『池田大作を裁く』『宮本顕治を裁く』『児玉誉士夫を裁く』なんてやってたら、創価学会に徹底的にシメ上げられてね。その時に森田必勝君や阿部勉君なんかがアルバイトに来ていて、三島由紀夫が妬いたのか、色々厄介な事になった。彼とは『ヤプー』の時は仲が良かったんだけど。
木村 沼正三さんですね。
康 そう、日本人が、皇族も含めて毛唐の奴隷になる話でね、右翼に襲われた。
鈴木 三島さんは『風流夢譚』も文学として評価していて、『ヤプー』も本にしろと持ち込んだんでしょ?
康 あのあと都市出版てのを作って本にしたら、案の定右翼が来て、短刀を立てて出版をやめろと言うの。それが僕の仕組んだ芝居だと言われて、売れてね。そいつをパクったら三日後にお礼参りが来て、また売れたの。十五万部位売れて、毎晩銀座へ繰り出してた。二十七、八歳の頃だね。
鈴木 ビートルズが来日した時かな?
木村 あの時、右翼が反対したらしいですね。
鈴木 愛国党の赤尾敏先生でしょ。竹中労の『ビートトルズ・レポート』に書いてありますよ。
康 赤尾さんとは土地取引関係で縁ができてね。宴席で彼が言ったけど、「天皇の戦争責任、あって当り前だよ。左翼は公式論で責め、右翼は訳の分からない擁護論をやるから日本がおかしくなる。ただ、日本人たるもの惻隠の情があって陛下を責めない、これが決め手だよ」と。これには目から鱗が落ちたね。「児玉誉士夫?あんなのはゴミだよ、利権右翼だよ」「笹川良一?あいつは俺の前に来られないよ」と全く動じない、あの人は只者ではない、極めてユニークな人だと僕は思ってる。
鈴木 僕も『赤尾敏論』を書きたいんだけど。あの人は他の右翼が気付かない事を随分と言ってますね。一般的にはテロリストの親分と見られていますが。
康 今の右翼にはテロリストを育成する能力もないよ。木村君は別としてね。
鈴木 赤尾さんは議会でも戦争に反対して、アメリカと戦うな、ソ連と戦えと。だから親米では一貫してるんですよ。昭和天皇が御病気の時、右翼がみんな街宣を自粛したのを、赤尾さんだけは今こそやるべきだ、と数寄屋橋でやってた。・・・話は変わりますが、森田必勝君との縁は三島さんの紹介じゃないんですね。
・・・次号更新に続く