ニッポン最後の怪人・康芳夫

『龍彦親王航海記:澁澤龍彦伝』白水社( 礒崎純一:著)そして雑誌『血と 薔薇』掲載、家畜人ヤプーをめぐって

週刊文春、昨年度12/26号「私の読書日記:立花隆」が『龍彦親王航海記:澁澤龍彦伝』第VI章ホモ・エロティクスに関してそれなりの読後感を書いているが「両者」に共通した大きな欠落がある。

それは『血と薔薇』第四号、平岡正明責任編集に掲載された戦後最大の傑作にして奇書=三島由紀夫評『家畜人ヤプー』に一切ふれられていないことだ『血と薔薇』=『家畜人ヤプー』とさえいわれている同書に両者は何故一行もふれなかったのか。

立花隆の場合『血と薔薇』初代編集長(澁澤龍彦責任編集)に内定しながら澁澤龍彦とウマが合わず『血と薔薇』編集部を途中退社していったという彼にとって忌まわしい経緯故に『家畜人ヤプー』に関して一切沈黙を守ったのか。

小生がプロデューサーとして「天声出版」で発刊した『血と薔薇』は週刊文春、立花隆読書日記及び『龍彦親王航海記』においてそれなりに評価されているが肝心の『家畜人ヤプー』に関しては先述したとおり一行もふれられていない。

『血と薔薇』発刊にあたって実質上のゼネラルプロデューサーを務めた三島由紀夫が『家畜人ヤプー』の『血と薔薇』掲載を発刊の条件としていたにも係らずだ。

ちなみに立花隆「読書日記」文中、小生の肩書を「東大生」としてあるのは「東大卒」の誤り。

そして、三島事件の主役、楯の会代表森田必勝を彼に引き合わせたのは『血と薔薇』編集部ではなく、その後小生が創立した「創魂出版」である。

当時の立花隆は文春を途中退社したばかりの、編集者浪人。

彼の信じがたい才覚を見込んで小生がピックアップしたのだが当時の彼はいわゆる知る人ぞ知る存在。

おそらく文春関係執筆者の一部にその名を知られた程度だったが『血と薔薇』編集部退社後ほどなくしてロッキード事件発覚前のかの田中角栄を筆一本の力で総理の座から引きずりおろし、一躍国際的に認知されるジャーナリストとなった。

澁澤龍彦との軋轢がなければ彼はそのまま『血と薔薇』編集長として『家畜人ヤプー』同誌掲載に係わっていたことになる。

正に歴史の皮肉というべきか結局『家畜人ヤプー』は澁澤龍彦も第三号で種々の事情により退陣し小生が改めて起用した平岡正明責任編集『血と薔薇』四号に掲載されることになる。

以上が『血と薔薇』及び『家畜人ヤプー』が辿った数奇な運命の経緯である。

ちなみに『家畜人ヤプー』全五巻は小生を沼正三全権代理人として幻冬舎アウトロー文庫から発刊既に約三十年が経過している。

最初の版の刊行は約五十年前当時の都市出版社から同じく小生を沼正三全権代理人として刊行。現在の都市出版社とはまったく無関係である。

草々 康芳夫

−−−

−−−