『家畜人ヤプー』:幻冬舎(アウトロー文庫)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・7

このほか、イース帝国に展開される想像を絶した珍風俗や、怪奇な科学技術は枚挙にいとまないほどだが、詳しくは、本文について見られたい。

われわれ自身が、人類以外の生物に加えてきた殺戮と崎形化(それは屡々改良と呼ばれる)の歴史を想い起こせば、イース世界の住人たちが畜類たるヤプーを遇するありように対して、批判がましい口はきけたものではない。とは言え、日本人であるわれわれとしては、余り平然としている訳にもいきにくい事情がある。黒奴の下に位置する黄畜、知性猿猴(シミアス・サピエンス)---二千年後の未来空間に投影されたユーピアを支えている「家畜人ヤプー」とは、驚くなかれ、他ならぬわれわれ日本人の二千年後の姿なのである。

「ヤプー(yapoo)」は、『ガリヴァ旅行記』の「フウイヌム国」に住む、あの醜悪な生物「ヤフー」を想起させるが、(ジャップ(Jap)が重ね合わされていることは言うまでもない)沼正三は、スウィストのペシミスティックな陰鬱さからは全く自由であって、かれは、ヤプーたちのために、次のような言葉を晴れやかに揚言してはばからない。

白人の楽園(パラダイス)イースの文明に栄華の花を咲かせるための肥料として生産され愛用されてゆくのが、今後のヤプーの運命なのである---ヤプー人間観からすれば、この解放(たすかることのない)のない永久的隷属、救済(すくい)のない永劫の地獄はやり切れないことだが、仕方がない。これを悲劇と見るのは誤ったヤプー人間観に立つからで、正しいヤプー家畜観に立つなら、少しも悲観におよばない。およそ種に属する個体の増加と、分化した変種の多様性とが生物の繁栄を示すものである限り、幾百の太陽の下、現に simius sapiens ほど繁栄している種はほかにはないのであり、 Homo sapiens (人類)あるところ、これと共に発展してゆくこの知性ある家畜の生物的将来は洋々たるものなのだ。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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