◆『家畜人ヤプー』秘話-沼正三氏の死に際し:康芳夫(談話)新潮(2009・2)より抜粋
戦後最大の奇書『家畜人ヤプー』の作者、沼正三さんと最後に会ったのは、彼が2008年11月30日に82歳で亡くなるニヶ月前でした。当時、彼は入院していたんだけど、病院に『家畜人ヤプー』のフランス語版の出版社の女社長を連れていってね。彼女は涙を流して感激したし、沼さんも非常に喜んでいました。
沼さんとの出会いは40年近く前になります。当時、僕は神彰(ブロモーター)と、「血と薔薇」という澁澤龍彦が責任編集する雑誌を作ったんだけど、その創刊時に三島由紀夫が熱烈に推薦してきたんですよ。『家畜人ヤプー』は「奇譚クラブ」というSM雑誌に連載(昭和31年~34年)されてたんだけど「完結しないまま10年が過ぎていました。
知る人ぞ知る作品で、それまでにも作者の沼正三に連絡をとろうとした者はいたんだろうけれど、誰も実現できなかった。というのは、あの雑誌は完全な秘密主義で、発行人の連絡先も大阪の私書箱だし、どうしようもないんです。
そこで、僕は特殊なルートで、「奇譚クラブ」のオーナーを探し出した。もう亡くなったから名前を出してもいいと思うけれど、蓑田さんという人で、大阪・北浜の相場師で大金持ちなんですよ。彼は別にSMに興味があったわけではないんだけど、大阪にはそういうパトロンの文化があるからね。で、最初は蓑田さんに断られたんだけど、結局、沼さんの連絡先を教えてくれた。
そうして、連載が中断していた『家畜人ヤプー』の続編が「血と薔薇」」第四号(昭和44年)に載りました。澁澤龍彦は発行元の天声出版と衝突して編集長を降りていたので、当時の編集長は平岡正明君でした。このとき、『家畜人ヤプー』が「奇譚クラブ」以外の場所で初めて活字になったわけです。ちなみに、これは余談ですが、文藝春秋を退社してフリーランスになっていた立花隆君は、実は私の推薦で澁澤龍彦の下での「血と薔薇」編集長に内定していたんです。ところが、諸々の事情の行き違いで、彼の編集長就任は実現しませんでした。彼がロッキード事件そのほかの田中角栄スキャンダル追及記事で大活躍する前のことになります。
僕が最初に沼さんに会ったとき、彼は40代でした。ああいうSMの世界の人たちはいろいろ知っていたけど、第一 印象は「陰鬱」というか、なかなか深い人だと思いましたね。「自分は沼正三の代理人ということにしておいてください」と言われました。初対面の日は新宿で深夜まで飲んで、いろいろ話したんだけど、まあ、やっかいな人物だと思いましたよ。やっかい、というのはその方面の趣味においてということで、一般市民としてはとても誠実で真つ当な人でした。彼は極端な躁鬱症で、鬱のときはほとんど死んだような状態でね。ニ時間でも三時間でも目が開いてるのかわからないくらいぼうっとしていました。
昭和45年、「血と薔薇」に続編を掲載した翌年、僕と矢牧ー宏がつくった都市出版社という会社で単行本にしました。そのころ僕はモハメド・アリの招聘なんかと同時進行でやってました。
刊行は大々的にやりましたよ。僕がプロモーターですからね。ところが発売から一年足らずで、都市出版社が右翼に襲撃されたんです。「康が宣伝のために仕組んだんじゃないか」って言われたけれど、そんなことはない。仕組もうと思っていたら、その前に本物が来ちゃった(笑)。右翼は逮捕されて、そのあとにお礼参りがあって、それも逮捕された。そのいきさつを朝日新聞がスクープして、週刊新潮が大きな記事を書いたり、NHKがニュースで流したりして、えらい騒ぎになっちゃってね。朝日の記事を書いた記者は佐々淳行の兄貴で、矢牧君の成蹊高校の同級生。実はわれわれの仲間だったんですけどね。
余談だけど、王貞治君が新宿の御苑に面したビルを持っていて、僕は王君をよく知っていたんで、その一階を借りて、「家畜人ヤプークラブ」っていうのを作ったら、これがめちゃくちゃに流行ってしまって(笑)。遠藤周作、吉行淳之介、立原正秋なんかが銀座からホステスを連れてきてましたよ。ところが、そこが盛り上がりすぎて、すさまじいことになりましてね。
・・・以上『新潮(2009・2)』より抜粋
2015年8月8日下北沢【45年ぶりに『家畜人ヤプー倶楽部』復活】
45年(1970年(昭和45年))前、大反響を呼んだ『家畜人ヤプー倶楽部』いよいよ8月8日、下北沢にて再オープン。野坂昭如、遠藤周作、吉行淳之介等、いずれも真正マゾヒズムが常連。銀座ホステス、俳優では石坂浩二等で連日にぎわった。
芸術、文学、エンターテイメントを創出する者。そして楽しむ者のインスピレーションを刺激するリアルな場が少ないこの世。
45年ぶりに『家畜人ヤプー倶楽部』復活(定期開催)する。
康芳夫(家畜人ヤプー全権代理人)
『家畜人ヤプー』10月末に上演の、月蝕歌劇団代表 高取 英が構成を担当
http://peatix.com/event/101342
または