康芳夫

『丸山眞男―リベラリストの肖像(岩波新書)』苅部直 著 再読

本書が刊行された2006年に熟読し、今必要があって再読したが当時本人にも伝えた通り小生の読後感は今と基本的に変わらない。

何と言っても苅部直の丸山眞男に対する崇敬の念をベースにしたフェアな「距離感」が絶妙に保たれているのがこの書のポイントだろう。

戦後の論壇を代表する大スターであった「丸山眞男」論を展開するに際して往々にして丸山眞男の胸像の前にひたすら平伏すか或いは品の悪いコンプレックスに基づく反感から罵詈雑言に近い批判を浴びせるかのどちらかに成りがちである。

苅部直が本書を著して既に約15年が経過しており、その後「諸状況」のめまぐるしい変化に応じて苅部直の「思想」にもそれなりの「変遷」があったであろうことは想像するに難くないがそれを踏まえて今この混沌たる状況下で「丸山眞男」論を再展開したとするなら一体どうゆう結末にあいなるか。という興味も多々あるが、いずれにしてもこの書は出色の出来である。

これは間違いなくいわゆる戦後市民主義左派或いはリベラル左派の盛衰をあますことなく捉えているからだ。

現状況下ではいわゆるタカ派保守が全盛を極めており、いわゆる論壇状況は混沌を極めている。

苅部直もその渦中にあってそれなりに苦悩しているのだろうか。

本書刊行時の苅部直はいわゆるリベラル保守?をベースにして論壇に台頭し現在も更に盛んに活躍しているということになるか。

いずれにしてもその都度リベラル保守派?の代表選手を抱えながら然るべきスタープレイヤーの存在がなくもう一つ精彩を欠いていたが彼が東大法学部及び日本を代表するリベラル保守派?のスタープレイヤーということであれば、それはそれで好ましいことである。

それにしても丸山眞男亡き後の東大法学部の停滞ぶりは眼を覆うものがある。

その意味においても苅部直大兄ここは踏ん張りどこだぞ。

がんばってちょうだい。

近い内にお会いできればと念じております。

※文中敬称略

草々、康芳夫