『家畜人ヤプー』:幻冬舎(アウトロー文庫)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・9

それでは、と読者は再び問われるに違いない。そのような屈辱を与える白人に対して、黒奴やヤプーの側の憎悪と敵意は無いのか、そのような圧制に対して抵抗は無か切か、と。イース帝国の厳格なヒエラルキーを揺るがすかも知れない、そのような不吉な兆は、残念ながら、全くみられない。その理由は、おいおい明らかになるだろう。言うまでもなく、白人の側からの、周到かつ巧妙な馴致の方策の数々が講じられている。まず、一種の意志去勢とも言うべき、脳葉剔出手術(ロボトミー)がある。これによって自由意志を発達させる大脳局部を剔出し、服従本能だけを残存させることができる。また、条件反射を極度に利用した洗脳(ブレイン・ウォッシング)と呼ばれる方法もある。けれども、最も決定的な意味をもつものは、徹底した宗教教育による白神崇拝の信仰心、白神への絶対の跪拝である。たとえば、白人用の狩猟の標的として生きた黒奴は、末期の水水として、クララの聖水(ワラ)(尿)を直接口に受け、至福感のうちに恍惚として息絶える。また、見られるがよい、白人女性のための生ける妊娠検査器の役割を果たした矮ヤプーが、女神の最も内密な生理に奉仕することにどんなに誇らかな聖職者意識をもち、全身全霊をうち込んで、受胎告知の使命に情熱を傾けるか。瀕死のかれの口から女主人に対するどんなに熱烈な讃仰の言葉が吐き出されるか、---「女神さま、私はこんなところで死にます。もう貴女(あなた)さまの聖水(ワラ)をいただくことはできません。でも、女神さま、酩酊の昧、酔いしれることの信仰の喜びを教えていただきまして私は幸福でした。ありがとうございます。、お恵みに感謝いたします。白皙の女神(ホワイト・ゴッデス)なるポーリーンさま、バンザーイ。」と。

「肉便器(セッチン)」たちにしたところで、自分の職務を忌避するどころか、直接神体に口を触れ、その神酒(ネクタール)や神糧(アンブロジア)を受けられる地位に、特権的選良意識を抱いており、その労働自体にはたとえようのない法悦を感じているのである。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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