沼正三著『家畜人ヤプー』を出版したローレンス・ヴィアレ氏に聞く

沼正三著『家畜人ヤプー』を出版したローレンス・ヴィアレ氏に聞く(2)

---はじめに、『家畜人ヤプー』という作品の存在を知った時のことをお聞かせください。

ヴィアレ 今から五年前、二〇〇三年のことです。出版関係の仕事をしている日本人の友人と、ロンドンで話をしている時に、『ヤプー』の話になりました。彼女は『ヤプー』に対して、以前から強い興味を抱いていたようで、ストーリーの細部にはじまり、ひとつひとつのキャラクターに関してまで、長時間にわたって、情熱を込めて語ってくれました。わたしがこれまで携わってきた本が、彼女にとって興味を引くものが多く、相談を持ちかければ、おそらく出版にまでこぎつけることができるのではないかと思ったんじゃないでしょうか。

---かなり特異な世界を表現している作品だと思いますが、拒否反応のようなものはなかったのですか。

ヴィアレ まったくその逆で、物語への興味の方が強かったですね。白人女性の世話をしながら喜びを感じるマゾヒズムの話なんですけども、マゾヒズムの言葉の元となった作家マゾッホに似ているというよりは、どちらかと言うと、マルキ・ド・サドに近い世界ですね。サディズムに関して、日本人独自に表現したものであり、作者は、日本のマルキ・ド・サドではないかと感じられました。

---フランス語に翻訳して出版されるまでには、どのような経緯が?

ヴィアレ まずインターネットで、『ヤプー』に関する論文をいくつも読みました。調べていくうちに、この作品が、日本文学の歴史の中で、非常に重要な位置を占めていることを知ったわけです。内容自体は、最初に話を聞いた時から気に入っていましたから、それから翻訳者を探しはじめました。しかし、引き受けてくれる人は誰もいなかった。文体は難しいし、万葉集やいろいろな日本の古典が物語の中に織り込まれていますから、翻訳には向かない。言ってみれば、編集者から編集者へたらい回しの状態です(笑)。最終的に、カルドネル・シルヴァンさん(龍谷大学助教授)にお願いすることにしたのですけれども、彼は、相談を持ちかけると、すぐに翻訳の承諾をしてくれました。

---実際に翻訳が決まってから、第一巻の刊行に至るまでの期間が一年という異例の速さで、『家畜人ヤプー』のプロデューサーを務める康芳夫さんが、「分業したのではないか」とさえ思ったそうです。また、元々フランス文学を専門とする、ある日本の卓越した文芸評論家が翻訳された文章を読み、絶賛したともうかがってます。

ヴィアレ シルヴァンさんは日本語が堪能で、これまでにも、村上龍さんの『ライン』や『共生虫』『トパーズ』『エクスタシー』といった作品をフランス語訳されている方で、西田幾多郎の『場所的論理と宗教的世界観』まで訳している、優秀な翻訳者だと思います。わたし自身、読みながら、大変興奮を覚えましたし、出来上がりには非常に満足しました。大作を翻訳出版する初めての機会で、手探りでやってきましたが、正直、ほっと安心しています。

---二〇〇五年の九月に第一巻が刊行された時の反響はいかがでしたか。

ヴィアレ 最初は知り合いのジャーナリストや書店の人たちに読んでもらったんですけれども、概ね好意的な感想を述べてくれました。新聞などの評論記事にも恵まれましたし、「ル・モンド」の一面で取り上げてくれたんですよ。「日本の戦後小説の代表作が翻訳された」と紹介され、「スイフトの小説世界のようである」と、テキストの面白さが強調された論評でした。第一巻のあと、翌年に第二巻が発売されて、その時には、サド賞をいただきました。

・・・次回更新【沼正三著『家畜人ヤプー』を出版したローレンス・ヴィアレ氏に聞く】に続く