死者の国から呼び戻された幽霊・・・・・・(4)

『潮』昭和58年(1983年)1月号

矢牧君の賭けは成功した。矢牧君と再びコンビを組んだ康芳夫氏のバブリシティも与ってトゥ・ゲット・パブリシティ、『家畜人ヤプー』は思わぬブームを呼んだ。当時の千円の定価は高い。それが八万部、限定豪華本五千円定価で五千部、後日の、矢牧君が出帆社として再々起を試みた時の新装丁になる分を加えると、十万部になんなんとするのではなかろうか。角川文庫版はまた別のことである。作者・沼正三探しが、全マスコミ動員の形で騒がれた。

今回、不意に『諸君!』に登場して、ずいぶん場違いな時期に、K氏こそ真の沼正三だと決めつけた森下小太郎君は、十二年前のその当時、既に登場して、「代理人・天野は偽者、沼正三本入ほ死亡している」ことを言い立てていた。

当時、昭和四十五年の『風俗奇譚』という、SM誌七月臨時増刊号に『小説・沼正三』(百枚)が掲載された。筆者は嵐山光三郎君である。だが、そのネタ元すべては、森下君提供によるのである。

「ブタノがついにヌケヌケと沼正三になりかわって正体をあらわした」と書き出している。作中、ブタノとかテンノとかで罵られる天野という代理人はクラノハシ・ユビコ女史までたぶらかして、沼正三の死亡をいいことに、その名と、印税という遺産を丸ごと奪い取るという、ヘドの出そうな男として描かれている。あれは、力作長編でした、嵐山君!

その同じ号に、森下小太郎君は『オリガとヨゼフ』というSM小説を森下高茂の名で書いている。森下君も幾つかのペンネームを使い分けているが、同誌の連載もの『レターM』の筆者・谷貫太もその一つである。ついでに言えぱ、彼の『レターM』を三崎書房の林宗宏氏に強引に刊行させた私は、全く軽率なことをしたと、今としては苦笑するのみ。ほとんど返本、惨たる結果に終ったが、森下君としては、それでも、唯一冊とはいえ、そのために自己の単行本が出来たのだから、以て瞑すべし。

・・・次号更新【「家畜人ヤプー」贓物譚(ぞうぶつたん)・・・『潮』昭和58年(1983年)1月号より・・・連載12】に続く