「家畜人ヤプー」贓物譚(ぞうぶつたん):『潮』昭和58年(1983年)1月号

森下君の根拠の曖昧さ・・・・・・(1)

天野は、勤務先の「原稿用紙を使っていた」この指摘だけは耳痛い。時期的な矛盾点は右の如くで何程のこともないが、私用に、多少であれ、公用のものを私したことは、言い訳が立たない。渇しても盗泉の水は飲まずを信条とする私としたことが、千慮の一失といわれるはこのことに尽きよう。しかし、それは、たまたまの一部である。言い訳で言っているのではない。ナンバーリングで順を追い、都市出版社の原稿用紙も大部に使用されていることを、何故見落していったのか。当時、入稿に際して、現場編集者の指定したアカ字もそのまま、『ヤプー』の原稿は当時のものであることを明瞭に痕跡にとどめて、幸いに私の手元に残っている。おびただしい書き入れもあるが、それも私以外の筆蹟は皆無である。矢牧君の否定的な談話があるが、妙な私信上の筆蹟鑑定より、この、原稿それ自体の鑑定こそ基本ではなかろうか。これが俄かづくりの作為によるものかどうかを含めて、白紙になって検証する気さえあれば、直に分ることである。また、これが取材の義務であり、礼法というものであろう。

・・・次号更新【「家畜人ヤプー」贓物譚(ぞうぶつたん)・・・『潮』昭和58年(1983年)1月号より・・・連載17】に続く