『潮』昭和58年(1983年)1月号

『潮』昭和58年(1983年)1月号より

死者の国から呼び戻された幽霊・・・・・・(5)

ともあれ、森下君の沼正三死亡説は、根拠がないだけ執拗であった。嵐山君の力作百枚にも、末尾に<本編はあくまでもフィクションです>と断ってあるのを、私は微苦笑まじりに読んだものである。

執拗な死亡説をいなし、多分に揶揄をこめ、沼本人の手になる文章を草し、都市出版限定本の「あとがき」とした。それが角川文庫版「あとがき」の原形である。

『諸君!』編集長・堤君の檄のもとに、彼こそ本人だと森下君が断定的に言い切らされたK氏は、今にして死者の国から呼び戻された幽霊ということになるのであろうか。本人死亡説も断定であり、K氏本人説も断定である。三度目の断定はどうなるか、楽しみではあるが、もう狼少年の話に誰が耳傾けよう。

K氏は、しかし先述のように、連載に先立ち『ヤプー』の内容とそのストーリーの展開について、あらかじめ知っていた数少ない人の一人である。その知識のもとに、真面目らしい文通を森下君と交わした、といったことを、座興として聞いた記憶がある。そういえば、私も便乗して何通か、ほかにも一人、森下君へ通信をよこしたはずである。これはだが、これこそがダマシ絵のような大人のアソビというもの。ところが、マジメな森下君には、沼正三の本体について、かなりの錯乱を呼んだようである。思えば、気の毒したとも反省するが。

この錯乱が、『諸君!』の堤君の興味を引くところとなった。取材調査すべて、森下君の言い分を是とする大前提のもとに、同誌スタッフが協力した。取材の結果、結論が出るのでなく、結論が先に先行しての取材であるのは、場合によっては許されても、この場合、本末転倒ではなかろうか。

・・・次号更新【「家畜人ヤプー」贓物譚(ぞうぶつたん)・・・『潮』昭和58年(1983年)1月号より・・・連載13】に続く