大映京都撮影所:勝新太郎、モハメッド・アリ、康芳夫

「怪人コーサンの真実」PeOPLe 五木寛之・・・週刊ポスト(1997・9・12)

長く生きていると不思議な人物に出会うものだ。深沢七郎さんもそうだったし、阿佐田哲也さんもそうだった。

私にピンポンの勝負で負けて逆上したヘンリー・ミラーも、またエスカルゴと称するおんボロ車で酔っぱらって爆走するローレンス・ダレルも、みんな実に奇妙な人物だったと思う。

そんな妖怪変化たちのなかで、私がことに異様な印象(それは感動といっていいものだが)を受けたのは、あの伝説のボクサー、カシアス・クレイである。

私が来日した彼と雑誌のための対談をした夜のことは、いまもありありと憶えている。そういえば彼はすでにモハメッド・アリを名乗っていたのだが、私のイメージのなかでは<ほら吹きクレイ>のキャッチフレーズがあまりに強烈すぎて、敬虔なアリよりもクレイのほうに偏愛の気持ちがつよい。

その晩のことは、ここで語る余裕ははないが、皮肉にも<白亜館>という名前の会員制のレストランで、彼派ホワイトとブラックという二つの言葉が内蔵する価値観について、じつにロジカルに語り続けたものだった。その晩、写真を撮ってくれた紅顔のカメラマンが、若き日の浅井慎平さんだったことも思い出のひとつである。

さて、話はそのモハメッド・アリと私との対談を仕組んだ不思議な人物のことである。仕事の背景にチラと一瞬その姿を現したかと思うと、たちまち忽然と消えてしまう長髪の怪人、なにやら伝説のアリをすら霧の中から操っているかのごとき国籍年齢職業経歴不詳の男、そして時にははにかんだような妙に人なつっこい笑顔を見せる人物の名前を訪ねると、「あ、あれはコーサン」と誰もが短く答える不思議な男がいた。当時から延々三十年、いまだに私は彼のことをコーサンとしてしか知らない。

それでいてコーサンは私の数少ない友人の一人である。もしコーサンが一九三〇年代の青年だったならハルピン学院か上海の同文書院にでも転がりこんでいたのではないかと思う。

メディアの深層海流のなかから、一瞬ちらと黒い尾鰭を現して、またたちまち海中に姿を隠してしまう怪人コーサンの横顔に、世紀末のアジアに突きつけるルサンチマンを感じると言ったら、本人はさぞかし大笑いするにちがいない。