ブラック・ポルノグラフィー 家畜人ヤプー 沼 正三・・・『血と薔薇』1969年 No.4より(2)
第一章 空飛ぶ円盤の墜落
二 クララと麟一郎
ー九六X年夏、西独ヴィスバーデンに近いタウヌスの山中のことである。山の中腹をゆるやか流れる渓流を、パンツひとつまとわぬ素裸の男が泳ぎ下っていたが、にわかに中流に突っ立って、
「やっ、何だ、今のは!」
と目を見はりつつ川下をながめた。空気をつんざく音響とともに、川下の岸近い小屋の近くに、何か輝く物体が墜落したのだ。
女の悲鳴がその方角から聞えてきた。
「クララ!」
男は岸に飛び上った。黄色い皮膚をしている、日本人であった。
素裸である。百メートル以上も川上の岩陰に服を脱いでいたので、危急の際とて間に合わない、男は裸のまま川下の小屋のほうに駆けだした。
瀬部麟一郎は二十三歳。前年東大法学部卒業後、留学生として渡独し、西独某市の大学に入学した秀才である。身長は百六十センチしかないが、柔道で鍛えた筋骨は隆々と盛り上って男性美にあふれている。それほど高くもない鼻に頬骨が張り、ー重瞼の下の真黒な瞳なぞを見れば、明らかに蒙古型の容貌ではあったが、彼の知性を表わす広い額のあたりなどにはそれなりの魅力があった。
「クララ !」
「ああ、リン、こわかったわ」
乗馬服の白人女性が麟一郎の腕の中に飛び込んできた。女は男より十センチも背が高かろう。栗色髪をなびかせた肌の白さ、伸び伸びとした四肢、茶色の目と肉の薄い鼻と引きしまった唇、その面貌には鋭敏と情熱と、そして或る種の冷たい陶器のような印象を与える知的な美しさと冷酷さがあった。
「よかった!無事で---」
「妾も泳ごうと思って小屋を出たの、そしたらいきなり落ちてきて---馬は二匹とも下敷になったわ」
女はまだおびえから抜け切れずにいた。
・・・ブラック・ポルノグラフィー 家畜人ヤプー 沼 正三:『血と薔薇』1969年 No.4より
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