『血と薔薇』1969.No4

ブラック・ポルノグラフィー 家畜人ヤプー 沼 正三・・・『血と薔薇』1969年 No.4より(1)

その時魔女(キルケ)は杖をあげて

われを打ちつつ叫びいふ

「いざ今獣欄(獣の檻)に

行きて他と共そこに臥せ」

ホメーロス「オデュッセーア」

(土井晩翠 訳)

第一章 空飛ぶ円盤の墜落

一 ポーリン・ジャンセン

幾百の太陽を統べる宇宙帝国イース(EHS)の大貴族、今をときめくジャンセン侯爵家の若夫人ポーリンは、地球三八◯号台諸球面の空間を遊弋しつつ、ゲルマン族という、彼女の遠い先祖たちが南へ西へと大移動してゆくありさまを観察しながら、目立つ人物を望遠立体写真に撮影していた。

彼女はそのとき、本国星にいる夫、ロバートのことをふと思いだした。人物中に、彼そっくりの顔を見たからである。急に帰りたくなった。でも本国星に帰るのはまだ一週間先のこと、

---とにかく今日の遊歩はもうおしまいにしょう、原球面の別荘で、妹や兄(妹を兄より先にいうのは、イース帝国の女権制からである。後章参照)が待ちくたびれていることだろうし---。

高度を一万メートルに上げた。今まで、箱庭のような風景と人物を示していた立体レーダーは、みるみるはるか遠景の広大な地城を包み始め、やがて中欧の雄大な山脈を示した。

時間軸に固定して作動する次元推進機の槓桿を雰から未来に切り換え、機関を全速力にする。速度計の目盛は時速六百年を指している。六秒ごとに一号ずつ球面を乗り越えてゆく。六秒が一年に当るのだ。昼夜交替の目まぐるしい変化の帯は、ちょうど薄明の明るさを一本のフィルムにまとめて流すように一定の照度で持続したが、山頂に積る雪線は、冬と夏の両期間を六秒ごとに反復して波打ち、奇異な景観を呈した。

しかし、ポーリンにとってはいつものながめであった。航時遊歩艇の遊歩は日常のことである。べつに景色を見るでもなく、あとの運転は自動操縦装置の作動に任せて寝椅子に腰をおろし、足台に足を載せた。

---さっき見た顔はロバートに似ていた、ロバート・・・・・・いつしか彼女の感じやすい血が燃え上ってきた。

そのとき足台が身動きした。そして彼女の血の騒ぎに応えるように、するすると足元から伸びてきて、いつものことながらの、あのすばらしい恍惚状態に彼女を誘いこむのであった。

壁の下部に仕切扉がある。その向うの犬小屋からの、愛犬タ口の時ならぬ吠え声を聞いてポーリンは意識づいた。ハッとして立体レーダーを見ると、景観はぐっと近景になり、刻々に山肌が大きく近寄ってくる。

「いけない、墜落だ、自動装置の故障だわ」

足台、すなわち舌人形を股間から突き飛ばすようにしてポーリンは操縦席に駆け寄ろうとした。瞬間、激突の衝撃があった、同時に彼女は頭を中央のテーブルにぶつけて失神した。

・・・ブラック・ポルノグラフィー 家畜人ヤプー 沼 正三:『血と薔薇』1969年 No.4より

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