『血と薔薇』
エロティシズムと残酷の綜合研究誌
澁澤龍彦 責任編集
創刊号 Oct.1968No.1
All Japanese are perverse
三島由紀夫
十一例の分類のうち、同性愛の項目で、私は便宜上、男役女役といふ言葉を使ったが、これも単なるアナロジーで、男女の解剖学上の差異から来る行為の態様を、たまたま比喩的に援用したにすぎない。実は、かういふ援用は根本的にまちがってをり、それ自体、愚かしいことなのである。
同性愛とナルシシズムは、マゾヒズムとナルシシズムのやうに、直接の論理的延長上には位置しないが、同性愛においては、しばしば、自己表象の如何が、性的昂奮の不可欠な要件だといふ点でナルシシズムと関係してをり、このやうな自己表象が、パートナアとの表象交換の際の大事な持札になるといふ点が、異性愛と違ってゐる。異性愛では、男であり女であることは自明の事柄であるから、おのおのの自己表象は二次的価値しか持たぬであらう。
しかし同性愛の自己表象はそこにとどまらず、自分に対する他人の表象に深く強く影響されて、みづから自己表象を限定してしまふことさえへ起りがちである。
又、同性愛の滑稽さは、ナルシシズムの滑稽さと同様、その自己表象－－－性的条件として不可欠な－－－と、彼自身の存在との乖離から発生するであらう。自分を嫋々たる美少年と想像することによってしか、性的満足に達しないところの、五十才の、醜く肥った禿げ上がった実業家もゐるのである。
男役女役、あるひは父役息子役、兄役弟役は、全く当事者の或る瞬間、すなはちパートナアをとほして共にエロスの全体性と結びつかうといふ瞬間における、表象交換の相対性の上にのみ成立ち、その当事者でさへ、パートナアの抱く表象を完全に把握することは不可能に近いから、まして第三者が傍から見てこれを規定することなどできるものではない。さらでだに、性の世界では、人間の自尊心がさまざまな自己欺瞞を編み出すのだ。
・・・次号更新【All Japanese are perverse（三島由紀夫）・・・連載8】に続く
