虎と空手武道家の死闘ショー(7):白目をむいたドーベルマン
さっそく、東映のプロデューサーとスタッフは山元師範の故郷、熊本に飛んだ。彼は地元熊本で、トラとの死闘に向けた練習を開始していたのだ。
しかし、数日後、私にその東映のプロデューサーから奇妙な電話がかかってきた。「康さん、私はいま熊本にいるんですが、あの山元師範ってホントにトラと闘えるんでしょうか」というのだ。どういう意味だ、とたずねると、プロデューサーはこう言うのだ。「いや、彼の練習を撮っているんですが全然、ちゃらんぽらんなんですよ。真剣にやらないし、準備体操みたいなことしかしないし、だいじょうぶですか」。
実は、私は彼と会う前にある情報を確認していた。この山元師範の空手の実力がどれぐらいのものかという点だ。見かけ倒しだったら、トラを見て逃げだしてしまうかもしれない。私はそのあたりを極真会総裁の大山倍達に、直接電話で聞いた。すると彼は私に「山元は強い。ホントに強い。もし俺が彼とやったら俺が負けるかもしれんよ」とはっきり断言したのだ。牛を倒した大山倍達が太鼓判を押した男だ。このひと言で私は彼の実力を信用したのだ。しかし、私は実際に彼の試合を見ていないというのも事実だ。このプロデューサーのひと言で、少々の不安が頭をよぎったのだ。
しかし、そのプロデューサーが数日後かけてきた電話で、私の心配は杞憂に終わってしまった。彼は上ずって興奮した声でこう言うのだ。「康さん、びっくりしました。やつはすごい、すごいですよ。やっぱり本物ですよ。練習であの檸猛なドーベルマンをたったの一撃で殺しちゃったんですよ。一発、眉間に拳を入れたら、ドーベルマンがぎゃふんと跳ねあがって白目をむいてしまった。これはいけますよ」。電話口で当然だろう、というように悠然と答えていた私だが、内心少しホッとしていたのはいなめない。そして早口でまくしたてる彼の声をうわの空で聞きながら「あとは会場だな」と私は自分自身に向けてつぶやいていた。
・・・虎と空手武道家の死闘ショー:続く