伝説の雑誌『血と薔薇』アーカイブス:小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)

『血と薔薇』1969.No4
エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載8

意外!黒焦犯人は県視学の令嬢?

母と共に行方を晦ます父視学官は引責覚悟

昨報、市内海岸通、天主教会内の帽子、花簪事件以来、警察当局にては既報ミス黒焦事件に対する有力なる探査のヒントを得たるらしく、当時、最初に同教会内に入来りたる某女こと、殿宮アイ子(十九)という少女を同教会内別室に伴ひ、厳重なる取調を行ひたる模様なるが、右取調続行の都合上、同午後三時頃、前記アイ子に一応帰宅を許したるに、同女は大胆にも厳重なる監視の目を潜りつつ、重病に臥しおりたる母親を伴ひ、一通の遺書様のものを同女の父、殿宮愛四郎氏宛に残して、何処へか姿を晦ましてしまった。此の重大なる失態に就いて、警察当局は何故か口を緘して一言も洩らさず、且、捜索の手配をした模様も無いのは返す返すも奇怪千万の事と云うべきであるが、人も知る如く、同女の父、殿宮愛四郎氏は本県の視学官にして、現中央政界の大御所とも云うべき大勲位、公爵、殿宮忠純老元帥の嫡孫に当っているが、意外の悲劇に直面して悲歎に暮れつつも、該遺書内容の重大性に鑑み、家門の名誉の為、引責辞職の決心せる旨、往訪の記者に語った。

『何とも申訳ありませぬ。しかし娘が殺人放火なぞ云う大それた罪を犯し得ようとは、どうしても思われませぬ。火星の女こと甘川歌枝と、娘のアイ子が県立高女在校中、無二の親友であったと云う様なお話も、只今初めて承はった位の事です。むろん二人の間に恋の遺恨なぞ云うような忌まはしい事実があったかどうか、思い当る節もありませぬので唯、驚いて居るばかりです。その筋の注意もある事ですし、娘の将来の幸福の為にも斯様な事は成る可く世間に発表し度くありませんから、どうぞここまでのお話のお積りで御聴取を願ひます。・・・・・・何故に母だけを同伴して家出しましたか、そのやうな原因も目下のところ不明です。今日まで何等の秘密も風波も無く暮して来ました妻子に、突然に、思ひがけなく棄てられた私は、ただ途方に暮れるばかりです。妻のトメも娘のアイ子も相当の貯へを持って居る筈ですから、当分の生活には困らないでせう。何処へ参りましたか心当りは全く御座いませぬ。むろん私は引責致し度い考へで居りますが、しかし、これとても正式に公表される迄は、やはり此の談話と一緒に御内聞に願ひます。云々』

尚令嬢アイ子の遺書の内容は左の通りである。

・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載9】に続く