小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載12
『血と薔薇』1969.No4 エロティシズムと衝撃の綜合研究誌
森栖校長先生・・・・・・。
先生は私の恩師です。男性の年長者です。早くから奥様とお子さんをお亡くしになってから熱心な基督教信者となって、教育事業に生涯を捧げると云って居られる立派なお方です。さうして世間から教育家の模範と云はれて、度々表彰を受けてお出でになるステキに偉いお方なのです。
その様なお方に、たとひ、どの様な迫害を受けませうとも、復讐をしやうなぞと、たくらむのは、正しい事で無いと思ふ方があるかも知れませぬ。
けれども森栖先生・・・・・・。
私は先生がお名付けになった通りに火星の女です。普通の女とは違ひます。ですから人間世界の男性の横暴・・・・・・男性にだけ許されている悪徳に、一つ思い切った反逆をして見せて世間の人をビックリさせてみたくなったのです。女性の為の五・一五事件を起して、此世界が男性の為ばかりの世界で無い事を思ひ知らせてみたくなったのです。
ことに先生のやうな男性の悪徳の代表者みたいな方が、模範教育家として、千人に近い若い女性を指導して行かれると云ふやうな事は、日本に生まれた私に取ってトテモ堪えられない事なのです。
私がドンナ生ひ立ちの、どんな思想を持った女だったか、校長先生は御存じでしたか知ら・・・・・・。校長先生のお手がちょっと私に触れましただけで、間もなく黒焦になって校長先生を呪咀はなければならなくなった私の、深刻な運命のお話をお聞きになりましても、校長先生は真実に心からビックリなさいますか知ら。御自分たち・・・・・・男性にだけ御都合のいい道徳観念と、そんなやうな常識ばかりを発達さして居られる日本の男性の方に、火星の女の使命が、おわかりになりますか知ら・・・・・・。
でも私は説明しなければなりませぬ。さも無いと私の致しました事を、つまらない感情の爆発から来た、一時的のお芝居ぐらいに思って軽蔑なさるといけませんから・・・・・・。私は、私の黒焦死体の呪咀が、どんなに真剣な気持のものですか・・・・・・私たちの怨みの内容が、どんなに深刻な、残虐
火星の女の名誉のために・・・・・・。
さうして黒焦少女の誓ひの為に・・・・・・。
・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載13】に続く