康芳夫

昭和四十四年

『ぜひ、あれを見つけ給え。あれこそは戦後最大の傑作だよ。マゾヒズムの極致を描いたまったく恐ろしい小説だ。出版する価値のある本だ』

そう三島由紀夫は小生に熱を込めて家畜人ヤプーの内容を語りつづけた。

康芳夫、三島由紀夫を語る(12)

そう、彼は、僕のやったアラビア魔法団にも来たんだよ。僕が横尾忠則君にポスターをデザインさせた大インチキ魔法団に感動して2回も観に来て、その時も「ああ、君がこれやってるの?」ってなった。それは『家畜人ヤプー』の前のこと。彼は2回も観にきて、これは僕ははっきり書いたこともあるけど、「こんなインチキ魔法団に感動するなんてバカなやつだ」って思いましたよ。横尾君も横で笑って、横尾君はその時三島とすごい親しかったんだけど、「2回も観るものじゃないよね」と。彼は本当に面白いと思ったんだろうけど、僕等は裏を全部知ってるから。アラビア人は一人もいなくて、全員流れ者のジプシーやロアーナやドイツ人だったから。

三島はあのまま生きていても何もしなかったでしょう。生ける屍ですよ。だって、すべて書き尽くしてもう書くものないんだよ。書いたとしても、倦怠感まみれの、ごくくだらない小説だったろうね。僕はそう思う。あの死に方は彼にとって最高の死に方だったんじゃない? 『鏡子の家』がそのことをすべて証明している。

・・・『虚人と巨人 国際暗黒プロデューサー 康芳夫と各界の巨人たちの饗宴』より抜粋

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