伝説の雑誌『血と薔薇』:小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)

『血と薔薇』1969.No4
エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載7

森栖校長の帽子

十字架上に持主不明の花簪と共に市内天主教会にて発見さる前廂に残る疑問の歯型

県立高等女学校は既報の如く、去る三月二十六日の怪火以来、ミス黒焦、校長の失踪、同発狂、虎間女教諭の縊死、川村書記の大金拐帯等の怪事件を連続的に惹起し、まだ怪火の正体さえ判明せざるうちに、同校と県、警察当局とを未曾有の昏迷の渦巻に巻込んでいるが、更に又、最近に前記森栖校長の信仰措かざりし天主教会内にて、意想外の怪事件を派生し、関係者一同を層、一層の昏迷に陥れている。今五日午前十時頃、市内海岸通二丁目四十一番地四角、天主教会にては日曜日の事とて、平常の如く信者の参集を待ち、祈祷会を開催すべく、礼拝堂正面の祭壇の扉を開きたるに、正面、祭壇の中央に安置されたる銀の十字架上に、見慣れぬ黒の山高帽と、赤き小米桜に銀のビラビラを垂らしたる花簪が引っかけ在るを発見し、大いに驚きて取卸し検査したるに、該山高帽子の内側の署名により、同教会の篤信者、森栖校長の所持品なる事判明。尚、花簪の所有者は目下の処不明なるも、其儘、山高帽子と共に付近派出所を経て警察署に届出たので、警察にては緊張し居りし折柄とて棄置難しとなし、時を移さず同教会に出張し、参集者の出入を禁じて、厳重なる調査を遂げたるに、同教会、礼拝堂の内部に怪しむ可き点一個所もなく、同日、同礼拝堂に一番最初に(九時頃)入来りたる信者某女も、最初より祭壇の扉に接近したる者を認めなかったと云ふので、手を空しくして引上げた。然るに右山高帽を警察署に持帰り、詳細に亘りて調査したるに、前廂にシッカリと噛締めたる門歯と犬歯の痕跡あり。しかも、それは極めて強健なる少年の歯型なる事が、専門家の意見により確定したので、又も新しいセンセーションを巻起すこととなった。すなはち推定されたる教会侵入の怪少年が、果して県立高女校の怪火事件以後の、各種の奇怪事と連鎖的な関係を持って居るものとすれば、虎間女教諭の縊死、川村傴僂書記の逃亡以来、右二人を前記各種事件の黒幕的人物に非ずやと疑ひ居りし人々も、此に於て推定の根拠を失ひたる訳にて、その何れが真なるやを考察するは全然不可能なるものの如く、関係当事者一同は又もや五里霧中に放り出された状態に陥って居る。

・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載8】に続く