右翼の殴り込みも宣伝材料に

虚業家宣言:康芳夫

そんな最中に、今度は予期せぬ”幸運”が向こうの方から飛び込んできたのである。大阪の右翼が『都市出版』へ電話をかけてきたのである。

「貴社で出版した『家畜人ヤプー』の内客について、ご説明願いたい。ついては幾々日にヒルトン・ホテルのロビーまで来られたい」

言葉遣いこそ丁寧だが、ドスのきいた脅しである。矢牧一宏氏も田村氏も、まっ蒼になってしまった。

「やっぱり天皇制批判のところはカットしておくべきだったんじゃないか」

「いや、日本民族蔑視がまずかったんだ」

だが、それを聞いたとたん、私は、こりゃイケるぞ、逆手にとってやろうと思ったのである。

右翼が騒げば新聞に大きく出るに違いない、シメタッ。とにかく、怒らせようというので、私は、「今は、忙しいから出られない」と返事をした。一時間ほどすると、参宮橋のマンションにあった『都市出版』へ、黒メガネをかけた一見して右暴力団風の男が五人、乗り込んで来た。私と矢牧氏の二人が応対した。

「うちには、近畿大出のインテリがいて、たまたま、この本を読んで非常に腹を立てている。これは天皇を侮辱する本じゃないか、すぐに絶版にしろ」

矢牧氏はもうガタガタ震えている。

「絶版にしないと大変なことになるんだよ」

そう言って一人がドスをチラつかせるのだ。

「とにかく、今すぐにと言われても困る。時間をくれ。検討してみるつもりだ」

それまで矢牧氏の横に坐っていた私がそう言うと、例によって私は異様な風体だし、奴らも、幾分、黙っている私を薄気味悪く思っていたのに違いない。その日は、意外なほどおとなしく引き揚げていった。

数日後.また電話をかけてきた。

「結論は出たか」

「イヤ、まだだ」

そんなやりとりを二、三回繰り返しているうちに、相手も、こちらにやめる気がないとみたのだろう、六月十七日

「明日、もう一度お邪魔したい」

と言ってきた。

この機会を私は待っていたのである。すぐに私は代々木署に連絡を取った。

翌日、のこのこと再び乗り込んで来た彼らは、張り込んでいた代々木署員に、なんなく逮捕されてしまった。ところが、残念なことにこのときは、どの新聞も事件を取り上げなかった。

私のもくろみは、完全にハズレてしまったのである。

だが、ある意味で私は”ツイ”ていた。その月も終わりの三十日になって、今度は、お礼参りに、彼らが『都市出版』へ殴り込んだのである。机はひっくり返す、積んである本は突きくずすで、大変な騒ぎだった。

これを、四十五年七月二日付けの『朝日新聞』が社会面で大々的に取り上げた。《右翼、『都市出版』に乱入》というわけで、『ヤプー』の荒筋、出版までの経過に触れ、奥野健男が、コメントまで出していた。

「一部の右翼が、この作品に対し何か言ってくるかもしれないという予想はあった。だが、あの壮大な空想小説は、日本人に対する批判の書であると同時に、反省の書でも、皮肉の書でもある。またエコノミック・アニマルとか言われて栄えていることに対する警告の書としても読める。作者が日本人だし、日本人を軽蔑しているなどどムキになる必要はないんじゃないか」

続いて『週刊新潮』が、五ページの大特集、

《右翼の機嫌を損じた小説『家畜人ヤプー』ダイジェスト》

さあ、これで売れた。

三万が五万になり、七万になり、とうとう十万部を越してしまった。大ベストセラーである。まんまと右翼まで、私は利用してしまったわけだ。あまりの手際良さに、一件落着した後、私の親しい友人の一人は、「オイ、康、あの右翼は、お前が雇って騒がせたんじゃないのか」と本気で言っていたものだ。だが、それはうがち過ぎというものだろう。そこまでは私もチエが回らなかった。

この事件には後日談がある。

連中が七月三日までに全員逮捕された直後、弁護士が私のところへ尋ねて来た。

「彼らの件ではご迷惑をかけた。本人たちも愛国の気持ちからやったことであるから、何とか示談にしてもらえないだろうか。ついては、お詫びの印といっては何だが、ここに十万円用意してきている。どうか、お納め願いたい」

右翼に襲われて、示談金を取ったというのも私ぐらいしかあるまい。しかも効果満点のPRまでしてもらったうえで。

・・・・・・次号更新【警視庁にしぼられた出版記念会】に続く

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『虚実皮膜の狭間=ネットの世界で「康芳夫」ノールール(Free!)』真の虚業家の使命は何よりも時代に風穴を開け、閉塞的状況を束の間でもひっくり返して見せることである。「国際暗黒プロデューサー」、「神をも呼ぶ男」、「虚業家」といった呼び名すら弄ぶ”怪人”『康芳夫』発行メールマガジン。・・・配信内容:『康芳夫の仕掛けごと(裏と表),他の追従を許さない社会時評、人生相談、人生論などを展開,そして・・・』・・・小生 ほえまくっているが狂犬ではないので御心配なく 。

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