毎晩ポーカー祭り
八〇年頃、毎晩のように康さんに会っていた時期がある。その頃、堤さんや康さんがポーカーに凝っており、各社の編集者やもの書き、怪し気な業界人等が集って連夜、西麻布のプリティというバーの上の麻雀屋で、ポーカーに興じていた。時に落合信彦さんや伊佐千尋さんも参加した。
ぼくら下っぱは軍資金に限度があるから、たいてい途中で降りてしまう。康さんたちは二百万、三百万とエスカレート、ある夜、小さな芸能プロダクションの社長が一千万負けて、ホントにぽろりと涙をこぼしていた。
「払い切れなくて、一千万円はするというピアジェの時計を置いていった。質屋に持っていったら二百五十万にしかならなかったけどね」
毎晩、徹夜でポーカーをやり、朝、オータニ(ホテルニューオータニ)でバイキングを食べて社に戻る。仮眠室で眠って、昼頃、起き出し、仕事をして、また夜、集まる。
毎晩が祭りのような日々だった。
ぼくがゴーストライトした康芳夫著『虚業家宣言』(双葉社)は、しかし、さほど売れなかった。
「ハナちゃんの書き方がよくなかったと康がいってたぞ」と堤さん。
「うーん康さんはあれだけの体験をしながら話がうまくないんですよ。表現力がイマイチで・・・・・・」という言葉はぐっと呑み込んだ。
今回、改めて読み返してみたが実におもしろい。グイグイ引き込まれて一気に読んでしまったのだが・・・・・・。
・・・了