二葉の写真---エバ・ブラウンは生きていた!
プロデュース(康芳夫)
ノストラダムス(原作)
ヒトラー(演出)
川尻徹(著)精神科医 川尻徹
博士が見せたのは、落合氏と並んで、元SS(親衛隊)高官。”フェニックス”と名のる男性と、その妻であるという女性が写っている記念写真だ。文中、落合氏は、この夫婦とはアルゼンチンのコルドバという市で会ったと書いている。
「この写真が・・・・・・?」
「そうだ。この女性だよ。真ん中の」
(では、博士の”随想”の冒頭に記された、「あるジャーナリストのレポートに掲載されていた写真」というのは、この写真のことだったのか・・・・・・)
中田は写真に見入った。ユダヤ機関に追われているSS高官とあれば、顔を出さないという約束があったのだろう、食卓を前にした二人の男女の顔は、目の部分を黒く塗りつぶしてある。だから、見えるのは頭髪と鼻から下の部分だけである(写真①)。
「この写真を見て、私は『はてな?』と思った。どこかで見たような気がしたからだ。そこで、よく観察してみた。
男性は七〇代後半、レポートの内容から推定して、この時は七九歳だと思う。女性の頭髪はセミロング。頭髪のウェーブは自然のもののようだ。彼女は七〇歳前後に見えるな。頬の外側がこけているだろうり? 一見、消耗状態、あるいは老人性変化のように見えるが、肩や胸は痩せてはいないし、低栄養状態とも思えない。だとすると、総義歯、つまり総入れ歯をはずしていると思われる。テーブル上に見える左手指は長く、おそらくハンカチを掌にはさんでいるようだ。これは発声時、義歯をはずした口唇部を隠すためと考えたい。この男女の人物像、体型、着衣より見て経済状況はよさそうだ。そう考えて義歯を撤去していない状態を考えてみよう」
「つまり、誰なんですか。この女性は?」
ポンポンと医者らしい言葉が出てくる。狐につままれた思いで中田は訊いた。
「じゃ、これを見てもらおうか」
またもや分厚い本が持ち出された。ヒトラーとナチスの時代を写真で説明した『ジーク・ハイル』(インターナショナル・タイムズ社刊)である。博士の精力的に動く指が、ソファにゆっくり寛ぐ若い女性の姿を写した古い写真を指さした(写真②)。
「この女は、エバ・ブラウンじゃないですか?」
「そうだよ。彼女の三〇歳の時の写真だ。それと、今の写真を並べてみよう」
もう一枚の、落合氏の本にある老人の写真を、交互に眺めた中田はギョッとした。
「そっくりですね。顔の形といい、額や髪も・・・・・・」
「そうだろう。胸のライン、しなやかそうな指も見てみたまえ。老女のほうは義歯を取り外しているが、それを入れたと想像し、時を四◯年遡ってみると、同一人物としか言いようがない」
「・・・・・・じゃ、この老女は、エバ・ブラウンだと言うんですか?」
川尻博士は重々しく頷いた。
「私は、そう確信しているね。この著者は自分ですら知らずに、生き延びていたエバ・ブラウンと会っていたのだ。そして彼女の隣りにいる男は、総統の側近だったマルチン・ボルマンだよ。これも、顔の輪郭がそっくりだ」
「そんな、馬鹿な・・・・・・」
中田は絶句した。トーランドの記述では、エバ・ブラウンはヒトラーの拳銃自殺に先立ち、青酸カリを呑んで自殺したはずではないか・・・・・・。
「私も、こうやってエバ・ブラウンが写真にも登場して、生存が確実だと分かった以上、ヒトラーも総統官邸の地下壕で死んではいない---という結論に達した。でないと、話が合わないからだ。では、副官や秘書、運転手などが口を揃えて見たと言い、火をかけて焼いたという遺体は、いったい誰なのか」
中田は、いつの間にか、川尻博士の話にのめりこんでいった・・・・・・。
・・・・・・・・・次号更新【戦後、二三年目に発表された”ヒトラーの死亡”】に続く