劇画のようなありえない格闘技試合

アミン大統領、アントニオ猪木と対決:朝日新聞(1979年(昭和54年)1月26日 金曜日)

アミン大統領、アントニオ猪木と対決:朝日新聞(1979年(昭和54年)1月26日 金曜日)

猪木・アリ戦の直後、私はとんでもない格闘技興行を企てていた。それは一切の誤魔化しなしの空手の達人と虎との真剣勝負である。しかしそれは動物愛護運動に熱心なフランスの大女優、ブリジッド・バルドーの思わぬ横ヤリであっけなくついえてしまった。

猪木・アリ戦への不評や空手家と虎との試合興行計画の頓挫は私の虚業家魂に火をつけた。「もっとあっと驚くような面白い対戦をやってやろう」という思いが腹の底から湧いて来たのだ。

私が目をつけた人物はあまりにも突飛で、これをクイズにしたらおそらく世界中の誰一人として正解を答えることはできなかっただろう。

それは、ブラック・ヒトラーの異名で恐れられていたアフリカの独裁者、ウガンダのアミン大統領であった。アミンは一九七一年、軍事クーデターを起こして、軍事政権を樹立。その後、イギリスやクーデターで追放した大統領オボテの亡命先のタンザニアやケニアとの関係が悪化し、国内ではクーデター未遂事件が頻発した。

こうした国情不安を背景に反政府派への弾圧と虐殺が激しさを増し、アミンはウガンダ全土をアウシュビッツ化した殺戮の王として国際的な批判の的となっていた。

なぜそんなアミンに白羽の矢を立てたのか。私はアミンが東アフリカのボクシングヘビー級チャンピオンという経歴の持ち主という事実をつかんでいた。さらに熱心なイスラム教徒であり、親日家でもあるという情報も得ていた。

アミンのような男をスボーツエンターテイメントの主役に仕立てようとすることに倫理的に疑問を抱く人もいるだろう。

しかし、想像してほしい。仮にアメリカのオバマ大統領や北朝鮮の金正日総書記にハイレベルな格闘技の心得があったとして、彼らが柔道の黒帯を持っているロシアのブーチン首相と試合をするとしたら・・・・・・。不謹慎のそしりは承知の上だが、見せものとしてはかなり興味深いものではないだろうか。

・・・以上、虚人のすすめ―無秩序(カオス)を生き抜け (集英社新書)より抜粋