真贋に挑む男 康芳夫:STUDIO VOICE JULY 1987 VOL.139

真贋に挑む男 康芳夫:STUDIO VOICE JULY 1987 VOL.139

知識人は香具師である

多くの人生論が答えを安易に示すのに対し、答えよりもむしろ考える過程を大事にするのが、思想や哲学といったものだろう。その過程にこそ人が生きる意味があるとする姿勢には一つの真理があると思う。

そんな非実利性の上で人生論が営まれるという点で私は思想や哲学といったものにはまだ可能性を感じる。巷間流行る人生論とは違って、徹底して現世的な「答え」という実利に背を向けている姿勢は大事なことだ。ある意味、酔狂さを感じさせるからである。

とは言うものの、実際のところ酔狂と言うほど粋を感じさせるものは少ない。言葉の本当の意味での酔狂や粋といったものは、実用性に重きを置かない分、反対に土台にしっかりとした現実感覚をすえていないと本当に出てこないからかもしれない。

私の見立てでは、思想家や哲学者になる人間は資質的にたいがいベタな現実感覚や実践力を持ちえないという弱さをカバーするために、ロマンと観念で世界をとらえる術をこの世をしのいでいく至高の武器として仕立てたような人が多いのだ。だが、それは本来的な意味で、巷間流行の現実主義と較べればきわめて「人間的」ではある。

しかし観念だけで世界を作っていくと、そこにはある面、壮大なほど滑稽な錯覚が生じる。ドイツ観念主義やそこから派生したマルクス主義のみじめな敗退はそのことを雄弁に物語っている。

・・・以上、虚人のすすめ―無秩序(カオス)を生き抜け (集英社新書)より抜粋