レフェリー・アリ、呼び屋・康氏・・・役者ぞろい!!:東京中日スポーツ(昭和54年1月26日)

レフェリー・アリ、呼び屋・康氏・・・役者ぞろい!!:東京中日スポーツ(昭和54年1月26日)

タブーの領域に足を踏み入れる

「これは面白いことになるぞ」そう思いながら、私は早速ウガンダへ飛んだ。

首都カンパラの空港に着き、タラップを降りると深紅の厚い絨毯が長く延びている。

まさに国賓扱いの手厚い歓迎である。護衛付きの車で宮殿へ向かう途中、市内の真ん中にあるサッカー場に案内された。側近によると「ここで試合を開催する」のだと言う。

宮殿の大統領執務室で会ったアミンは私がこれまで会ったことのない人間であった。人の形をしながらその中に入っているのは何か得体の知れないものなのだ。まるで魔界の住人のようなオーラを巨体から不気味に漂わせている。ブラック・ヒトラーと称されるカリスマ性がどこから来るものなのか、私にはそれなりに納得がいった。

その後、ひと月ほどして再びウガンダを訪れた私は目を疑うようなとんでもないものを目撃することになる。

大統領執務室の近くの倉庫に業務用の巨大な冷蔵庫が置いてあるのだが、その前を通ったとき、アミンが突然、「中を見たいか」というようなジェスチャーをしながら大きな扉を開けたのだ。

まっ白い冷気がさっと流れ落ち、その向こうに霜で覆われた大きなボールのようなものがいくつも見える。「人食いアミン」という怪しげな噂と目の前の光景が頭の中で恐々とつながった。アミンは唖然とする私を見て不気味な薄笑いを浮かべている。これは何だと言う私の質問に返ってきたのは、「これは我々の習慣に過ぎない」という一言だけ。笑みの奥の無表情な目はこちらの反応をうかがい、しっかりととらえて離さない。全身の神経が凍え、思考が停止しかかったぼんやりした頭で、さすがの私も自分がとんでもない領域に足を踏み入れようとしていることに初めて気がついた。

人類最大のタブーを犯した男を劇画的な格闘技ショーのスターに仕立て上げる。そこにあの猪木がからみ、スーパーヒーローのアリが神のごとき審判をくだす。まったくめまいがしそうなマジカルな空間ではないか。もう後には退けない。虚人はタブーを打ち破ってこそ虚人なのだ。毒は虚人にとって甘い蜜であり強烈な陶酔をもたらす麻薬なのだ。くらくらする頭でそんなことをぼんやり思っていた。

・・・以上、虚人のすすめ―無秩序(カオス)を生き抜け (集英社新書)より抜粋