”沼正三”会見記(1991年12月)共同通信 文化部 小山鉄郎(現 共同通信 編集委員)・・・4
インタヴューの後、幾つかの取材を重ねてみた。『家畜人ヤプー』が出版される時などの著者校閲は天野さんがやっているし、天野さんが人前で沼正三のサインを『家畜人ヤプー』にしている事実もあるようだ。また沼正三=倉田卓次さん説の直後に出た最新版『劇画家畜人ヤプー』(一九八三年一月刊)に天野さんが「残念ながら名乗り出て」という文を寄せており、森下小太郎氏の記事に対して「『家畜人ヤプー』の筆者は私自身であることを、悔しいながら明記せざるを得なくなったのである」と天野さん自身が記している。また一九八四年四月二十日の山形新聞に天野哲夫の名でエッセイが載っており、筆者の経歴に「主著に『家畜人ヤプー』『ある夢想家の手帖から(全六巻)』(以上沼正三名)・・・・・・」とあって、さらに「<注>この略年譜は筆者が作成したものです。」とある。
つまり今の状況はほぼ天野さん=沼正三と考えてもいいとも言える。それでも幾つか、私の中で気になることがあるのだ。それは天野さんが自分で沼正三であることをいったん明記したにもかかわらず、再び沼正三の代理人としての立場に戻りつつある印象を受けるからだ。一九八七年に天野哲夫の名前で刊行した『禁じられた青春』では「沼正三・代理人というのが私である」と記されているし、私のインタヴューに対する答えも同じだった。
また森下氏の倉田さん=沼正三説にも、多くの手紙の引用などに強いリアリティーがあるし、それを伝える読売新聞の記事にもそのことの裏をとった形跡が記事に反映している。特に主人公の「麟一郎」という珍しい名前について、戦争直後の有名な同人誌「世代」の初代編集長である遠藤麟一朗と倉田卓次さんが知合いであることなど、印象深い指摘もある。(1)
そこで裁判官を退官して、現在は公証人である倉田卓次さんに電話で話を聞いた。
「本ができた時は贈ってくれました。あの騒ぎの時はたいへんでした。後で迷惑をかけたと天野さんが訪ねてきた。その頃までは文通があったのですが、それ以来文通もなくなってしまった。彼は『奇譚クラブ』にいろいろなペンネームで書いてましたし、私は彼が沼正三だと思っています。私はこの件は関係無いですよ。完結編については知らなかった。本になればまた贈ってくれるかもしれませんね」
至りつきそうで至りつくことができない。そのような場所やものは、いま魅力的である。『家畜人ヤプー』の著者も、そんなもののひとつなのだろう。
(1)主人公「瀬部麟一郎」の名については、マゾッホの「毛皮を着たヴィーナス」の主人公ゼヴェリーンとの関連も考慮すべきだという指摘が、その後、天野さんからあった。
・・・了
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時間と空間を超えた一大叙事詩『家畜人ヤプー』の、謎に包まれてきた覆面作家、沼正三。三島由紀夫をして、”天才”と呼ばしめたこの作家の正体を、私はいま、東京高裁民事四号法廷の裁判長席に、二十六年ぶりに見い出した!
『諸君!』昭和57年(1982年)11月号:衝撃の新事実!三島由紀夫が絶賛した戦後の一大奇書『家畜人ヤプー』の覆面作家は東京高裁・倉田卓次判事
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