『諸君!』昭和57年(1982年)11月号:衝撃の新事実!三島由紀夫が絶賛した戦後の一大奇書『家畜人ヤプー』の覆面作家は東京高裁・倉田卓次判事:森下小太郎

『諸君!』昭和57年(1982年)11月号より

「天野=沼」という嘘

四十五年四月某日、銀座並木通りのミ二・クラブ『レッド・ミナーレ』で『ヤプー』の出版記念会が開かれた。いや、出版記念会というよりは、世間を驚かせて商売する、康氏一流のアイディアになるSMショーであった。

余談になるが、のちに映画『愛のコリーダ』に主演した松田瑛子が、このパーティに顔を出している。

このパーティでは、革のブーツをはいて鞭を持った女たちが、生ゴム・パンツひとつの男たちの背中を鞭打ち、あげくの果てには、仰向けに寝転がった男の上に跨がって小便、それを男たちが飲み下す始末---。

男たちは前衛舞踊家・土方巽一門のプロのダンサーであるが、女たちはアルバイトで雇われたにすぎない。いってみれば、”面白半分”で参加したのであろうが、その中に松田瑛子もいたのである。

初めのうちこそ、男たちも面白がって鞭打たれていた。そのうち、本気で鞭をふりおろす松田に腹を立て、楽屋に帰ってからお返しに張り倒す---とまあ、大変な「出版記念会」だったのである。

そんな松田暎子が、のちに”本邦初のファック女優”として演技開眼(?)したのだけれど、その才能の片鱗は、すでにこのとき表われていたわけだ。

さて、この出版記念会の前日、私と矢牧氏の間には、電話で次のようなやりとりが交わされていた。

矢牧「あした『ヤプー』の出版パーティがあるから来ないか」

森下「なんで俺が行かなきゃならないんだい。そんなイカサマみたいな会はご免蒙りたいね」

私が「イカサマみたいな」といったのには理由がある。

例の作品が『奇譚クラブ』に連載されて以来、沼正三に擬せられた人は少なくない。三島由紀夫その人だという者がいたり、遠藤周作だといわれたり、さらには大岡昇軍、会田雄次、村上信彦、渋沢龍彦・・・・・・。単行本刊行の四十五、六年頃になると、踵を接して出版された『日本人とユダヤ人』の著者イザヤ・ベンダサンこそ沼正三だ、という説まであらわれた。

しかしながら、単行本の出版がなされた前後には、代理人と称している天野哲夫氏が沼本人である、というのが半ば常識となっていた。

というのは、彼は一方で「代理人」といいつつ、もう一方で「私は代理人であって代理人でないようなものだ」「沼と私とは一心同体である」というようなことを公言する。周囲の人間は、いかにも曖昧な彼の言い方に乗せられて、次第次第に「天野=沼」と信じ込まされていったわけだ。

だからこそ、矢牧氏が出版記念会への誘いをかけてきたときも「イカサマみたいな」というセリフが私の口をついて出たのである。

すでに読者にはおわかりいただけるはずである。一度きりとはいえ、拙宅を訪れたことのある「沼正三」と天野氏が別人であることを。だから天野氏が、自分は『ヤプー』の作者であるかのように振るまうことに、私は我慢ならなかったのだ。

矢牧氏にも電話でいった。

「あんた、天野というのは沼正三じゃないんだよ。分ってるのかい。分ってるのならいいけど、あとで著作権の問題なんかで揉めたりしたら、あんた困ることになるよ」

電話のむこうで矢牧氏は、

「そうか。しかし、沼正三代理人・天野とは契約書交しているからな」

半ば困惑気味でいっていたものだ。

・・・次号更新【『諸君!』昭和57年(1982年)11月号:衝撃の新事実!三島由紀夫が絶賛した戦後の一大奇書『家畜人ヤプー』の覆面作家は東京高裁・倉田卓次判事:森下小太郎・・・連載8:代理人になりきる】に続く