あばかれた代理人の正体

風俗奇譚(昭和45年7月臨時増刊号)小説 沼正三【著:嵐山光三郎】

問題の4月18日。

赤坂の「ザクロ」で、ブタノは、谷貫太氏と面会した。連れてくるはずの沼正三はあらわれず、KとなのるT出版社のプロデューサーを連れてきた。

「なぜ、約束した沼正三をつれてこなかったのだ」

と谷貫太氏がただすと、

「沼正三は、北海道長官ぐらい偉い人だからやはり姿を出せないのだ」

とブタノがいう、谷貫太氏はムッとした。それならどうして、こんなところで面会する必要があるのだろうか。谷貫太氏は、ひょっとしたら、ひさしぶりに、沼正三氏に会えるかもしれないとおもって、わずか1%の期待に胸をふくらませてやってきたのではないか。いまさらながら、ブタノのウソぷりにハラをたてた谷貫太氏は、立ちあがった。

「ちょっと待ってください」

と今度はプロデューサーがいった。

「これを見てください」

そういってKプロデューサーは一通の茶色の封筒を見せた。それは4月の消印がある「沼正三」からの手紙の外封筒であった。

どうやら、沼正三が生きている証拠をしめすために、チャチな偽装をもうひとつつくりあげたのである。

それは、沼正三からブタノへ出した封筒、ということらしいのだが、ならば、なぜ、一通しかもってこないのか。やってきた封筒を、全部もってこなくも、少なくてとも、5~6通もってくるのがあたりまえである。しかも、小学生をだますのでもあるまいし。シャーロック・ホームズでも気どったのだろうか。

「ハッハッハ。こんなもの、なんの証明にもなりませんよ」

そういいながら、消印の局をみると「新宿局」になっていた。新宿局といえば、ブタノが勤務するS社のあるところである。

沼正三の字をまねてブタノが出せば、新宿局の消印がついてブタノにつく道理である。また、沼正三はよく二重封筒で通信をした。そうすれば、中の封筒には消印はない。それを科用すれば、もし本人から手紙をもらっていれば、それを自分あてに出せるわけだ。

谷貫太氏がとりあわずにいると、Kプロデューサーが、

「どうです。うちの出版社から、本をお出しになりませんか」

とこんどは、また話をそらして取り引きへもっていってしまうのだった。

谷貫太氏は、このふたりのやりくちにいやけがさして、そうそうに引きあげていってしまった。

ブタノの工作は、私への電話だけでなく、ほうぼうへかけているようだった。

「嵐山や、谷貫太が、わざといやがらせのまちがったウワサを流している」

といったようなことであるらしい。例のバー『ナジャ』へあらわれては、店の者に、あたかもブタノが本物の沼正三だ、といいふらしたのもこのころである。

作家のコガネイ・ミイコ氏へも、いやがらせの電話をかけてよこした。コガネイ・ミイコ氏は、沼正三の『家畜人ヤプー』の最後に解説を書いているのであるが、彼女が、ブタノのことをきらっていることがわかったブタノが、いやがらせの電話をしたのである。

その調子があまりに変態的で、かつ、脅迫めいているので(自分の著書に、ほめことばを書いてもらっている作家にまで、そんな電話をするのが、ブタノなのだが)コガネイ氏は、気持ちが悪くなって、私のところへ電話をかけてよこした。

私とコガネイ・ミイコ氏と谷貫太氏がおちあって、ブタノの偽装工作を話しあったのはちょうど、そのころである。

ブタノはあせって、ほうぼうへ電話をかけたのだが、それが逆めに出てしまった。コガネイ氏がおこったのもそのためだし、私がブタノの仮面をあばこうと決心したのも、すべて、ブタノがひとりで、そんな工作をするからなのであった。ブタノは、最初のうちは、偽装工作も成功し、おめでたく「ヤプー・パーティー」までいったのだが、最後のどたん場で、すべてがばれてしまったのである。

工作というものは、あまりやりすぎると、ボロが出るものなのであろう。

それにしても、私の「バーのひとこえ」だの、コガネイ氏の「二日酔いのタワゴト」のちょっとしたことに、すぐ敏感に反応し、他人のことばを、いちいち気にするのは、なぜなのだろうか。なぜ、ほうぼうへ電話をして口ふうじをしようとするのか。

それは、すべて、『続ヤプー』と『ある夢想家の手帖』の発刊がまっているからなのだ。さらに、なぜ、谷貫太氏との面会に、Kプロデューサーがやってきたのか。開係ないではないか。ひょっとすると、Kプロデューサーも、この偽造沼正三計画に参加していて、印税の一部をフトコロへ入れているのではないのか。

それ以外に考えられぬではないか。

さらに、なぜ、代理人であるブタノが、印税の一部を谷貫太氏に支払う、などと軽く言えるのであろう。

かりに、沼正三氏が生きていたら、そんなことはかるがるしく言えないことなのではないか。

そのころ、ちょっと不思議な記事が目についた。『映画芸術』誌に、「沼正三」の名まえで原稿がのっているのである。

内容は、ごく普通のものなのだが、堂々と「沼正三」の名まえがつかってあるのだ。

「おかしいぞ」

と私は思った。

沼正三が書いたとしたら、代理人のブタノを通しているはずである。しかし、たかが、そんな記事のために、幻の作家・沼正三が執筆するのだろうか。

「ブタノが書いたにちがいない」

と私は推理した。ブタノは、そろそろ、代理人ということにあきがきていた時だし、ちょっと「沼正三」の名まえをつかってみたかったのにちがいない。

私は、ふと、ブタノの電話をおもいだした。ブタノは、私に、『汐』と『New Review』に執筆中だとしゃべった。代理人が文章をかくとは妙な話だ、と思っていが、ひょっとするとブタノは、それらの原稿に「沼正三」の名まえをつかうのではないか、と思ったのである。

もし「沼正三」の名まえで、ブタノが執筆するとしたら、その時こそ、ブタノが完全にシッポを出す時だ。沼正三になりたくてしかたがないブタノの本心があらわれる時である。

「沼正三」の名まえが出れば、プタノはふたつのウソの伝説を世間に流すことができる。

ひとつは、沼正三が生きているという伝説、もうひとつは、その沼正三がブタノであるという伝説である。

<了>

<本編はあくまでもフィクションです>

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