医学的アプローチによる証明

ベルヒテス・ガーデンでのヒトラー。外見に衰えが見られる

プロデュース(康芳夫)
ノストラダムス(原作)
ヒトラー(演出)
川尻徹(著)精神科医 川尻徹

最初に映し出されたのは、右手に犬の首紐を握り、左手でステッキを持ったヒトラーの散歩中の写真だ(写真⑤)。

「これは、ベルヒテス・ガーデンの山荘付近を、ヒトラー・ユーゲントの指導者シーラッハと、愛犬ブロンディを連れて歩いているところだ。これを見て、君はどう思うかね」

「そうですね・・・・・・。全体に、何かこう、おじいさんという感じですね。ステッキをついて歩いているせいか・・・・・・」

「そうだな。それと、服の皺から見て肥満傾向が見られるだろう?ステッキを左側についているというのは、左下肢がびっこをひいていると考えられる。そうすると、医者の私としては犬の首紐を二重に手首に巻きつけているのが気になる」

「どうしてですか?」

「右腕の握力が低下しているから、ああやって巻きつけているのかもしれない。とすると左下肢、右上腕の異常があることになり、それと肥満傾向を考えあわせると、脳血管障害のうちでも、出血よりも低次中枢へ障害を及ぼす脳梗塞発作後遺症を考えたくなる」

「博士、もう少しやさしくお願いします」

「つまり、脳の血管が詰まって、体に麻痺が起きている可能性がある---ということさ」

「そういう場合、片半身が麻痺するんじゃないですか?」

「そうでない時もあるんだ。脳の延髄部で四肢の運動神経が交叉するんだが、この動脈---前脊髄動脈正中肢というんだが、ここに閉塞が起こったような場合、左側の障害であれば、右腕と左脚が同時に麻痺する」

「へえ・・・・・・」

「まあ、私の病院にこういう患者が来たら、中枢神経系の梅毒性疾患も考えて、一応検査してみるだろうね。脳底部のこういう血管変化というのは、まず梅毒が考えられる」

「うわ、梅毒ですか」

「梅毒は、この当時、珍しい病気じゃなかったからね・・・・・・。それはともかく、もう一つ気になるのは、一緒にいるシーラッハの表情が柔和で、緊張感が見られないことだ」

「それが何か?」

「君だって絶対的権力を握っている独裁者の傍に行ってごらん。かなり緊張しないかね?それと、総統の傍にいれば、いつ何が起こるか分からないから、部下として周囲にはもっと注意を払うはずだ。そういう態度が見られないというのは、おかしいと思わなければいけない」

「なるほど。ぼくも会社のお偉いさんと会う時は、しゃっちょこばってしまいますからね・・・・・・」

「それに、肥満しているというのもおかしい。だいたいヒトラーは、一九三一年に姪のゲリ・ラウバルが自殺して以来、肉を絶対に口にしない菜食主義者になったはずだ。それが、どうしてこんなに肥満して無気力な老人に見えるのか?」

「そういえば、不思議ですね」

説得力に満ちた川尻博士の説明に、中田は感心するばかりだった。

(何の変哲もない写真でも、医者が見ると健康状態、病気など、いろいろなことが分かるものだな・・・・・・)

・・・・・・・・・次号更新【右腕を高く掲げた”絶叫するヒトラー”】に続く