小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載9

『血と薔薇』1969.No4 エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

『血と薔薇』1969.No4 エロティシズムと衝撃の綜合研究誌

お父様。永々お世話様になりました。お母様とアイ子は、お父様に此上の御迷惑をおかけ申し度く御座いませぬ為に、さうして此上にお母様を悲しませて、御病気を重く致したく御座いませぬ為に、今日限りお暇を致します。つつしんで今日迄の御恩を御礼申します。

母校の出来事の全部は、わたくしの到らなかった責任で御座います。焼死された方は甘川歌枝さんで、自殺に相違御座いません事を、私が保証致します。わたくしが今すこし早く甘川歌枝さんの自殺の決心に気付いて居りましたならば、今度の様な事は一つも起らないで済みましたものを、残念な事を致しました。なお本日、森栖校長先生のお帽子と、何処かの舞妓さんの花簪を十字架にかけました者が、わたくしに相違御座いませぬ事は、その理由と一緒に、警官の方に白状致して置きました。なお警官の方は、お父様の事について思ひがけない事を色々とお尋ねになりましたが、何も存じませぬから、お答えせずに置きました。警官の方は自殺されました甘川歌枝さんの投書によって、お父様の裏面の御生活を詳しく御存じの様子ですから、御参考の為に申し添えて置きます。

しかし、わたくしは決して自殺なぞ致しませぬ。何処かでお母様の御病気が十分にお癒りになるまで安静に御介抱申上げ度いばっかりに家出致したので御座いますから、此上ともにわたくし共の行方を決して御探し下さいません様に・・・・・・。なほ、わたくしが、かような奇怪な行動をとりました理由も、申すまでもなく決して御探りになりませぬ様に、幾重にもお願ひ致します。その方が、お父様にも私にも幸福と思ひますから・・・・・・。

何卒お身体をお大切に・・・・・・。

アイ子

父上様

因に右、殿宮アイ子は県立高女在学中、同校の明星と呼ばれた美人で、成績抜群の名誉を担っていた才媛である。

・・・次号更新【小説『少女地獄』より火星の女(夢野久作)・・・連載10】に続く