拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」:Fukujin N0.11 2006

拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」・・・14

拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」:Fukujin N0.11 2006

上杉 著書のなかでも7行ぐらいでラカンを終わりにしちゃってましたね。

康 彼自身が一種の分裂症ですよ。ラカンでいつも疑問に思っているのは、つまるところは治療しちゃうんですよね。治療するってことはすごく矛盾があるわけ。必ず抑圧を伴うわけです。しかし、彼の精神分析者としてのテーゼは脱抑圧ということでしょ。

じゃあ、なんで彼は治療するんだよ。それが彼に対する最大の疑問なの。つまり文化的社会的抑圧構造としての市民社会との調和が必ず問題になってくるでしょう?それはラカンは勿論他の誰も解決し得ない。これは致命的な問題だと思う。彼が精神分析者じゃなければいいですよ。いかなる社会体制であれ、それに基づく種々の抑圧により、いわゆる精神異常者が出てきた場合、彼が治療することになったとして、孤島にでも逃げて体制の外で生活なさいって本当に言えるのか。言えないでしょ、結局元に戻すんだから。これは根本的な矛盾なんです。

上杉 ごもっともです。

康 僕にもミスジャッジがあるかもしれないから何でも聞いて欲しいんだけど。それがラカンに対する根本的な疑問なの。勿論、彼が抑圧それからの全的解放という問題にぎりぎりの段階で極めてユニークに対応した精神分析家であることは論ずるまでもないことです。

・・・以上、拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」:Fukujin N0.11 2006 より抜粋

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『Fukujin ~漬物から憑物まで~』明月堂書店

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