拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」:Fukujin N0.11 2006

拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」・・・30

康 同様に江藤もそう。彼は20何年前かな、『新潮』に『ユダの季節』を書いたんだけど、これは皆さんもお読みになってほしい。当時の文壇の若手ボスだった吉行淳之介、『中央公論』の新進編集長でいわゆる「新現実主義者」達のプロデューサーだった柏谷一希等をやり玉に上げてやっつけまくっているんだが、それを読んだときにそのやり方があまりにも低次元なので「コイツは本当に女々しい奴だ」と思った。文学者はみんな女々しいんだから。そういうことは否定しない。然し、ゆがんだ女々しさはダメだ。

秋山 どうしたらいいですか?

康 人間おおらかにならなきゃ。

南 おおらかで退屈にならない。これは大変だね。白夜書房は?

末井 企業は同じになっちゃうんですよ。

南 なるべく面倒くさくなくしたいからね。

康 うーん。面倒くさいのは好きですね。

南 とことん違うよね。

康 面倒くさいのはとことん面倒くさく、そうでないのはさっぱりと。リスクがあるのは嫌いじゃない。

秋山 一種の贅沢といってもいいかな。

康 中途半端が嫌いってことですよ。

拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」:Fukujin N0.11 2006

・・・以上、拝聴 康芳夫先生「神を呼ぶ男」:Fukujin N0.11 2006 より抜粋

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『Fukujin ~漬物から憑物まで~』明月堂書店

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