プロデュース(康芳夫)
ノストラダムス(原作)
ヒトラー(演出)
川尻徹(著)精神科医 川尻徹
”私はα(アルファ)でありω(オメガ)である”に隠された意味(2)
博士は手許にある書物の中からクルト・リースの『ゲッベルス』を拡げて、その演説の部分を読みだした。
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「沸騰する熱狂の中で彼は口を開いた。これまでの彼の演説を聞いたことのあるもの、また、彼を知っているものは、驚いて互いに顔を見合わせた。これは、あの昔から知っているゲッベルスではない。(中略)ここにいるのは、まじめな悩める男、友人か家族に思いあまって相談しようとする人間である」(同書255ページ)
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・・・・・・つまり、ひどく沈痛で静かな調子で語りだしたということだね」
「それが予言でいう”静けさの中で”ということですね?」
「そうだ、そうして、最後には『ドイツ国民に対する一◯の質問』で、聴衆を熱狂させた。まさに舌を焼かんばかりの演説だった」
「ゲッベルスは、この演説によって、その予言を成就させたわけですか」
「そういうことだ。ゲッベルスの一見不可解な言動は、結局、聖書にあるように、”私は善であり、悪である。α(アルファ)であり、ω(オメガ)である。始まりであり、終わりである”という言葉を理解すると、解けてくる」
「つまり、ナチが悪を行なっているように見えて、それは善であり、第三帝国を終末に導いたのは、第四帝国の始まりだということなんですね」
「そういうことだ。そして、α(アルファ)でありω(オメガ)であるというのは、もっと驚くべきことを示している」
・・・・・・・・・次号更新【「ゲッベルス=六六六」は何を意味する?】に続く