沼正三のプロペラ航空機:劇的な人生こそ真実(萩原朔美:著)

劇的な人生こそ真実―私が逢った昭和の異才たち

沼正三のプロペラ航空機・・・13

出版記念のパーティーは大盛況だった。

私はあらかじめ劇団の男の役者数人に、アルバイトでオブジェとして立ってもらった。本物のマゾヒストの男たちも十数人集まって半裸で打たれたり踏まれたり犬になって引っ張られていたりした。汗臭い匂いが銀座のクラブに充満した。数人の女主人役の女性が時々声を荒げながら鞭を使うので、異様な雰囲気である。

パーティーの中ほどで土方巽さんの白桃房の芦川羊子さんに踊ってもらう段取りになっていた。マスコミの人たちがどんどん増えて通勤電車並みの混雑である。

そのうちマスコミ関係者が騒ぎ出した。早くやってくれという。聞くと、マゾの男がオシッコを飲むから取材してくれと言われて来たらしい。

すこしあわてた康さんが私に、

「誰かやる人はいないか」

と言う。

女主人のほうは、康さんがプロを雇うことになっていたはずだった。ところがプロの女性は、会場に来ていた大勢のマスコミ人に腰が引けて帰ってしまったというのである。

控え室で困っていると、聞いていた土方巽さんが、ぼそっと、

「芦川やってやれ」

と言った。

こういう急場で、舞台人の度量が表れる。瞬時の決断と諦念の潔さが噴出する。

芦川さんは、ごく自然に、

「はいっ」

返事してから、

「出るかしら」

と笑った。少し前にトイレに行ったらしい。

暗黒舞踏派の師弟関係は羨ましいほど濃密である。

・・・次号更新【沼正三のプロペラ航空機:劇的な人生こそ真実(萩原朔美:著)より】に続く

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