沼正三のプロペラ航空機:劇的な人生こそ真実(萩原朔美:著)

劇的な人生こそ真実―私が逢った昭和の異才たち

沼正三のプロペラ航空機・・・12

問題はその次だ。欲望に忠実なだけの話ではない。解析した性をもう1度混沌の創作の世界に引き戻す人なのだ。その振幅運動が秀逸なのである。凡夫は笑うしかない。

私はロジカルな話にすっかり感心して聞き入ってしまった。

すると沼さんは、自分のいくつかの体験を話し出した。

さる有名な女優(話では実名だった)のお小水が飲みたくて飲みたくてしょうがない。ラブレターのようなものを何通か出した。さらに人伝に何回も頼んだりしたと言う。どう考えたって、はいそうですか、わかりましたとは言いにくい。私はそう口に出しそうになった。

しかし沼さんはあきらめずに口説き続けたのだそうだ。

ある日、ついにいいですという承諾の返事が来た。

「ほんとうですか」

私が言うと、

「そうです」

と言う。

玄関の門の横に置いてくれるという。

早朝、沼さんは喜び勇んで取りに行った。朝日にあたって光っているガラスの牛乳壜。手に持つと生暖かかったという。飲む具体的な描写があったけれど、私は笑って聞き流した。

康さんは武将のように豪快に笑っている。翌日沼さんは、全身に蕁麻疹が出て困ったというオチがあった。

もちろん、そういった体験は沼さんの小説の中にひとつも反映、引用、転化されていない。

・・・次号更新【沼正三のプロペラ航空機:劇的な人生こそ真実(萩原朔美:著)より】に続く

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