都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・17

同様の趣向がいたるところにばらまかれていて、「天の岩戸」が「Amen in heart(アーメン イン ハート)」の転訛であったり、「アマテラス」が白人女の名「Anna Tellus(アンナ テラス)」であったり、「オノゴロ島」が「honoured goal(オナード ゴール)」であったり、「タカマガ原」がイースの巨大な飛行島「タカマラハン」であったりする。沼正三によれば「イザナギ」「イザナミ」の二神とは、イース世界から航時機に乗って原始時代のヤプン諸島に飛来した白人が考古学的実験の目的をもって、畜化処理(キャトライズ)を施さぬまま放った雌雄二匹の原(ロー)ヤプー「サナギー」と「サナミー」のことなのだから、驚くではないか。

しかしながら、著者の真意は、単にブラック・ユーモアをもって読者を苦笑させることにあったのではない。沼正三は、地口、語呂合わせと言うべきトラヴェスティを強力な梃子として、飽くまでも記紀の文脈に従いつつ、紀紀に誌されたわが日本の肇国のさまを一挙にくつがえしてしまおう魂胆なのだ。われわれ日本人の後裔は、上述のように、遠い遠い未来空間において、憐れむべき、奴隷以下の家畜人に堕する運命を辿るのだが、眼を過去にむけて、万世一系の首長をいただくところの、世界史上に冠たる民族の歴史の始源、聖化されたその発祥の元を尋ねてみれば、そこに見出されるものは、やはり他ならぬ家畜人ヤプーの惨めな顔なのだ。著者の底深い企図はもはや蔽うべくもない。かれは、日本民族の未来を鎖すと同時に、過去の栄光をも?奪せずにはおかない。ここにおいて、尾を噛む蛇のように、この書物の恐るべき首尾一貫性が成就される。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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