『家畜人ヤプー』:幻冬舎(アウトロー文庫)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・18

その首尾一貫性の意味を探るためには、この奇怪な書物の著者沼正三に視線を転じなければならない。

出版社との交渉等も一切代理人に委ね、一時死亡説さえ囁かれたこの謎めいた作家について、私は何も知るところがない。したがって、かれ自身の都市出版社版単行本の「あとがき」を信じるしかないのだが---その「あとがき」に、かれは書いている。「終戦の時、私は学徒兵として外地にいた。捕虜生活中、ある運命から白人女性に対して被虐的性感を抱くことを強制されるような境遇に置かれ、性的異常者として復員してきた・・・・・・」---この言葉から、読者は、白人の女将校とその部屋の雑用をつとめる若い捕虜との間に繰りひろげられる刺激的な場面を、自由に想像されるがよろしい。(イース帝国は、著者にとってどうしても女権制社会でなければならなかった理由が、これでおわかりいただけよう)ともあれ、沼正三は、「性的異常者」として、白人に占領され、焼土と化した祖国の土を踏むのだ。すべての人間が生きるために縋りつく何物かを必要とした時、廃墟のひろがる未来の地平にむかって立ちつくした若い帰還兵の内部にあったものは、過去の一切の権威や秩序の代償として、敗戦が彼にもたらしたところの、生ま生ましい倒錯した官能の疼きだったのである。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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