家畜人ヤプー:幻冬舎アウトロー文庫

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・19

容易に医す術のない内的飢渇のカタルシスを果たすために、沼正三は雑誌「奇譚クラブ」に、「ある夢想家の手帖」と題して、マゾヒズムに関するエッセイを連載するのだが、やがて、SF的手法と壮大なマゾヒズムの夢想を結合させた「家畜人ヤプー」が、同誌に登場することになる。連載は昭和三十一年の十二月号から始まって二十回に及んだ。

あの敗戦によって、他の何処よりも軍隊内部において完壁な擬制を保っていたところの、天皇を頂点とする位階(ヒエラルキー)の秩序は崩壊した。民族的優位を保証する神話は破綻し、不動の先験的真理と見えたあらゆる価値の源泉は枯渇した。なべての黄金は、瞬時にして瓦礫と化したのである。あるものは、ただ、白人の統治のもとに屈服・隷従するオキュパイド・ジャパンという状況だけである。沼正三が外地で洗礼を受けたマゾヒズム体験は、このような状況が産み出す精神構造と分ち難く癒着せざるを得ない。ちゃちな八畳の洋間に繰りひろげられるSM劇によっては、自分の飢渇は医されない、自分が夢想する隷属状態は、奴隷制、捕虜状態等、何らかの制度的契機を必要とするというかれの告白は、このような事情と表裏をなすものとして読みとる必要がある。捕虜時代の体験が直接的な動機をなしたとして、そこで生じた生理的、心理的な倒錯傾向が、オキュパイド・ジャパンという精神構造によって支えられ、増幅され、強化された事実を見逃す訳にはゆかない。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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