都市出版社版『家畜人ヤプー』(1970年発行)

逆ユートピアの栄光と悲惨・・・10

「ほんとうは不味いものを、信仰で錯覚させるのは、やはり使用者側の狡知ではありませんか?」という、批判を籠めた問いは、慈畜主義(チャリテイズム)を唱えてヤプーたちに福音をもたらした美しいアンナ・テラスによって、こう答えられるであろう。「いいえ、味覚には本当も嘘もありません。信仰を持っていなければ不味いものも信仰に比例して美味しくなるのよ。美味しいのが嘘で、不味いのが真実だなんて、どうして言えましょう。」これは、次のようなサディズムの論理の忠実な言い替えである。「鞭や縄は最初は苦痛でしょう。でも一度仕込んでしまえば、あとは鞭と縄で可愛がってやれるでしょう。この二つだけが愛情の表現になるのね。だから、さかのぼって、訓練中の鞭や縄も肯定できるのだわ。」

そろそろおわかりいただけたであろうか?サディズムの論理に過不足なく対応できるものは、マゾヒズムを措いてあろう筈が無い。そう、イース宇宙帝国とは、ヤプーたちにとって巨大な一大マゾヒズム王国なのである。そういう次第であってみれば、白人側の課する労役や奉仕が苛酷の度を増せば増すほど、黒奴やヤプーの歓喜は増大する道理である。憎悪や敵意が生まれる可能性は、このような、完全な充足関係のメカニズムの中で、永久に封じられているのだ。

・・・次号更新【逆ユートピアの栄光と悲惨:家畜人ヤプー解説(前田宗男)より】に続く

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